【第二話 神の領域・中編《心に届く色》】





 唐突だが、は一人で教会の中を徘徊していた。

 足の神経を繊細に使いこなす。指の付け根から爪先、そして踵へと。
 笑うと花が生まれるような彼女であるが、今はまるで別人だ。淀みのない空のような瞳は、冬の気配すら連想させる。忍耐の季節、孤独な青、蒼。

 まるで影そのもののように。

 言葉もなく、足音もなく。衣擦れさえ微かで。静かに静かに進む。

 ときどき教会関係者と出くわしそうになる。が、巧みに人々の目を盗み、かなり奥まで来ていた。そんな彼女の姿は、既に一般の信者が立ち入りできないような場所にいる。
 ひたすら進むのだ。そこに何か理由でもあるだろうか。

 と。

 向こうから歩いてくる男に気づき、彼女は悟られないように十字路の影に身を潜めた。やり過ごしている間、ふと自分の近くの窓際に、花瓶が置いてあるのに眼につく。信者の小さな女の子にでも貰ったのか、タンポポの花が二、三本活けられていた。

(…花…)

 途端に、の表情が微妙に変化した。儚げな花のように。


 脳に鮮やかに蘇るのは、ついさっきの出来事だ。
 歓声、ヒマワリ、そして金色。



     *     *     *



『…どう思う?』
 トランクケースの上に乗っかってエドは言う。
 レト神の代理人と呼ばれているコーネロ教主による「奇跡の御業」お披露目の時間のこと。
 たった今、教主が小さな花をヒマワリの大輪に変えたところだ。大衆がざわめいている。
 アルは即座に答えた。
『どうもこうもあの練成反応は錬金術でしょ』
『だよなぁ…』
 兄弟のやり取りをすぐ後ろで黙って眺めていたは、ぽつりと参戦する。

『でも、あれ等価交換じゃないよね?』
『…へぇ〜、知ってたのか

「練成反応って何?」と尋ねなかった彼女に、意外そうに話すエド。錬金術について一通りの知識を学んでいたは、得意そうに胸を張った。
『まっかしといてよ!』
『……ぅ。///』
 満足そうな笑顔に、これまたノックアウトなエドワードさん。

『ねぇ兄さん…; あれってもしかして』
『そ、そうだな』
 そんな二人の様子に苦笑しつつも話を進めようとするアル。必死に動揺を隠しつつも、エドはコーネロを熱心に観察。アルもそれに倣う。
 周囲からの視線を一身に受けている教主は、いかにも柔和そうな笑顔で片手を上げている。その指に光るのは……。


『ビンゴだぜ!』
『!』


 エドは確信をもって叫んだ。確信はつまり、強い自信。その強い瞳に、は釘付けになる。


 ――ナニ? 今ノハ…。


 上手く言い表せない心の質問に、ただ戸惑う。

『あなた達も来てらしたのですね』

『あっちょうどいいトコに! お姉さん、おれちょっとこの宗教に興味がわいちゃったな!』
『まあv やっと信じてくれたのですね!』
 いつの間にか現れたロゼにエドが声を掛け、とんとん拍子に話を進めていく。やることのないは、ぼうっとしたままそれを眺めていた。

 機嫌がよろしいのか、本当に楽しそうに笑うエド。同志が増えたと思っているロゼも、やはり嬉しそうに微笑んでいる。

(――――あ…)

?』
 声を掛けられ、は急に我に返った。一瞬目を見開き、次の瞬間には平静を装って、アルの方に振り向く。
『なに、アル』
『どうかしたの?』
『…ううん、なんにも?』
 何気ない質問がどこか核心をついている気がして、は思わず一呼吸置いた。
 激しい運動をしてもいないのに胸の鼓動が高鳴っていく。どうしたらいいか判らなくて、はつい言葉を続けた。
『あ、そだ。……ちょっと、用事思い出したから行って来るよ』
『え? でも…』
『大丈夫、ここは宿屋一つしかないし、また会えるよね! じゃっ』
 半ば自分に言い聞かせるようにしてその場を去る。背後で心配そうにこちらを見送るアルの姿が手に取るように解る。エドは…多分まだロゼと話をしているに違いない。きっと楽しそうに。

(……ヤダ……)

 はそんなの、すごく見たくなかった。



     *     *     *



 そして現在に至る。
「――なんで、かなぁ」
 先程の男をとっくのとうにやり過ごし、それでもしばらく動く気になれなくて、彼女はぽつりと呟いた。腕を組んで壁に寄りかかる。溜め息を一つ吐くと、僅かに俯いた。

 まつげを伏せると、目蓋の裏に鮮明な金色が浮かぶ。金色。太陽と、それを追いかけるひまわりの色…そして、エドワード・エルリックの色だ。
「……はぁ」
 思わず溜め息が出た、そんなときだった。

「あら、どうかしたの? 
「っ……、姉さん」

 反射的に身構えつつ、は自分の姉の存在を認めた。目を見張って問う。
「どうしてここに!」
こそどうしたの? …『おつかい』は?」
「…う。」
 逆に質問されて答えに詰まった。今の自分は、どう見ても頼まれ事を果たしていない。
 あわあわと動揺しているを、「姉」は何かを見極めるかのように観察する。しかしやがてクスリと微笑むと、なだめるように言葉を紡いだ。
「いいのよ、
「……へっ?」
「これは気の長い仕事だしね。今多少やらないからって、どうってことないわ。それより」
 言いながら彼女は、通路の向こう側を指差した。長くてウェーブのかかった黒髪がわずかに揺れる。その仕草は、他の誰がするよりも、なぜか艶めかしい印象があった。
「コーネロを調べたいのでしょう? この廊下の、突き当たりの部屋に行けば資料があるけど」
「…姉さん…」
 唖然としていただったが、姉らしいとも思える行動に、苦笑いをした。
「ありがと、行ってみる。…じゃ」
 歩き出しながらも、は背後を振り返りながら、姉に精一杯笑いかけた。今度いつ会えるかわからないからだ。

「いってきます……ラスト姉さんv」



     *     *     *



『この街に来ている錬金術師を見張っていてほしいの』
 ラストはに、こう頼んだ。
 別段本当に見張りが必要だとは思っていなかった。こちらには既に強力な情報網があるのだから。
 それなら、なぜ。
「ねぇラストォ。どうしてを行かせたの?」
 がいなくなった後、ラストは、いつの間にか現れたグラトニーにこう訊かれた。
「……そうね。かわいい子には旅は必要よね」
「ふぅ??」
 彼女自身にしかわからない答えを呟くと、ラストは唇の端を吊り上げた。黒いロングドレスをはためかせると、ゆっくり歩を進め始めた。怪訝そうにしながらも、グラトニーもついてくる。

 ――――誰もいなくなったその場所では、タンポポがただ揺れていた。




     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆









  ★あとがき★
   さてさて、中編の終了です。
   このエピソードでは肝心の基盤を立てておこうと思っているので、すごい長くなりました。
   まだまだ技量が足りませんねー。頑張らねば。

   と、前置きはこのくらいで。
   はい。ヒロインの姉さんにすごい人を抜擢してしまいました!!
   私はすごくバカなのでしょう。友達も止めがちだったというに。
   でもバカな分、ものすごく書きたかったので今ちょっと幸せ。
   ――敵方が嫌いな皆さん、こんなでかい事を隠しててごめんなさい!
   驚かせたかったのです。…やっぱダメ?

   今回はヒロインさんとエドの絡みそのものがあんまりなかったなぁ。
   ヒロインさんに恋心らしきものが芽生えて、嫉妬して、終わり、みたいな。
   頑張って後編でぐっとせにゃあ。ファイトォ、自分!
                         BY.ゆたか  2004.05.01

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