「大まけにまけて十万!」
「まだ高いよっ!!」
 わいわいと賑やかな声が聞こえる。



   【炭鉱の街にて】







「ホントに高いよねぇ……」
「そうだね、
 とアルフォンスは二人して同じものを見ながら、のほほんと言葉を交わした。もし東の伝統的な茶が手元にあったなら、きっとずずずと啜っていただろう。

 ここは”東の終わりの街”、ユースウェル炭鉱である。
 他には誰も乗っていない汽車で来たエドたちは、炭鉱と店を掛け持ちしているホーリングと息子のカヤルに早々に捕まり宿に連れて来られた。
 酒場でもあるそこには大人たちが集まって騒いでいる。エドは彼らの炭鉱の道具を修理したが、二十万というバカ高い宿代はやっと半値になったところだった。

「あのー。いっそのこと、私は泊まらなくて野宿でもいいでー…」
「おい!? 何言ってんだ!!」
「そうだよお嬢ちゃん、俺はそこまでしてもらいたいわけじゃないんだよ」
 ふと真顔でとんでもないことを言い出しかけたに、それまで口論していた二人は血相を変えて止めさせる。エドなんか勢い良くの肩に手を掛けて死にそうな顔だ。
「ただこの坊主に十万払ってもらえればそれで」
「まだ言ってんのかよ!」
 結局話題は元に戻った。粘るホーリング唸るエドワード、はどこかきょとんとしていて、なぜかアルフォンスだけが平和そうな居住まいだった。


 しばらく経ち、両者とも主張を崩さなかったが、とりあえずは食事しようということになった。
「そういや名前きいてなかったな」
 食事を差し出しながらホーリングがエドワードに尋ねる。ステーキがエドとの二人の目の前に置かれる(アルは最初から辞退した)。エドは食べ物にありつこうとしながら答える。
「あ。そうだっけ。

 エドワード・エルリック」

 ナイフが届く寸前で料理を取り上げられた。妙な間。ホーリングが笑顔のまま続ける。
「錬金術師でエルリックって言ったら――――国家錬金術師の?」
「……まあ一応……」
 今度はマグカップに入ったホットコーヒーを取られる。同じような待遇を受けているは、何か地雷に当たったような感じがしていた。

「なんなんだよいったい!」
「出てけ!」
 三人仲良く揃って宿の外に投げ出された。



       *       *       *



「もう! アルったら薄情なんだから!」
「いいって……」
 憤慨する彼女をエドは苦笑しつつ宥める。怒っている顔も可愛いなと頭の隅で考えながら。

 エドたちが追い出されたのは、ユースウェルの人々は軍を嫌っているからだ。
 国家錬金術師には、数々の特権と引き換えに軍事国家に尽くさないといけないため、誰かが皮肉気味に付けた「軍の狗」というあだ名をもっていた。こうなってしまったのも、仕方ないといえば仕方なかった。

 が怒っているのは、先程アルが、
「あ、ボクは一般人でーす。国家なんたらじゃありませーん」
と言って自分だけ店の中に戻ってしまったからだった。どうやら裏切ったと考えているらしい。も一般人だが、自分から断ってしまった。

 二人は店に上がるための階段に並んで座っていた。背後から漏れる灯りは温かい色をしている。炭鉱から微かに煤の匂いがする。空には星が、一つ二つと瞬いている。

「なんでエドは怒らないのっ?」
「……は、あっその、えーとだな……」
 ずっと膝を抱えて俯いていたが突然振り向き、まじまじと覗き込まれたのでエドは狼狽した。頬が赤くなるのを抑えることができない。
 こんなシチュエーションは最近のエドの弱点だった。何か言おうとはするのだが、結局うまくいかなかった。アルへの恨みもどこへやらだ。

「もー!」
 とうとう業を煮やしたは勢いよく立ち上がった。それまでいっぱいいっぱいだったエドは、その行動に却って呆けてしまう。
「……おっ、おい? ?」
「むしゃくしゃしてきたから、ちょっとその辺ぶらぶらしてくる!」
「はぁ?」

 は了解を取らずに足を踏み出した。我に返ったエドがそんな彼女の腕を捕まえて宥める。二人はじたばたともがいた。
「はぁ!? ちょ、待て! こんな時間にどこに行くんだー!」
「離してー!」

「兄さんうるさいよ。何やってんの?」
「だからはなし……て?」
 アルが首を傾げて尋ねる。勢い込んでいたもエドも驚いて言葉を失くす。

 アルフォンスは持っていた物を差し出しながら言った。
「ボクに出されたのこっそり持って来た」
 それはお盆に載ったパンとコーヒーだった。

「え……お、そうか。弟よ!!」
「ゲンキンだな、も――――」
 僅かに躊躇ったもののがしっと抱きつくエドと、慣れたようにされるがままのアル。
 その様子を、はぼうっとしながら眺めていた。が、いきなり軽く眼を見開くと、頬を赤く染めた。自分の勘違いに気づいたのだ。
(なんだ。……食べ物を持ってきてくれようとしてたんだ)

「ご、ごめんね、アルっ。ちょっと、誤解しちゃった!」
「? …いいよ、そんなこと?」
「いいじゃねえか、。食べよう。半分こでいいよな?」
「うんっ♪」
 分け合ったので満腹には程遠い夕食となったが、それでもいいやと思った二人なのだった。

 ……少し、クサい円満解決である。



       *       *       *



「ふーん…、腐ったおえらいさんってのはどくにでもいるもんだな」
 パンにぱくつきながらエドは相槌を打った。食べにくいサンドイッチに悪戦苦闘しながらだが、もこくこくと頷く。

 アルはうまくホーリングたちから情報を仕入れていた。
 このユースウェル炭鉱はヨキという人物の個人資産だった。その男は金の亡者で、雇っているホーリングたちへひどく少ない分しか給料を渡さないらしい。生活はかなり苦しいようだった。
 ヨキは炭鉱で設けた利益で軍人としての地位・少尉も買い取っている。軍の株が下がるのも無理はない。だからエドは過剰なまでに追い出しを食らったというわけだ。

「しかしそのヨキ中尉とやらのおかげで、こっちはえらい迷惑だよな。ただでさえ軍の人間てのは嫌われてんのに」
 コーヒーを手に取りながらエドは口を尖らした。続けて言う。
「国家錬金術師になるって決めた時からある程度の非難は覚悟してたけどよ、ここまで嫌われちまうってのも…」
 あっけらかんとした言葉に、は微かに息苦しくなった。嫌われている、というところで一番そうだった。無意識の反応だったのでそれらには気づかなかったが。

 少し間を置いて、アルはポツリとこぼした。
「ボクも国家錬金術師の資格とろうかな」
「やめとけやめとけ! 針のムシロに座るのはオレ一人で充分だ!」
 エドは小さな迷いを一蹴するように笑って一口コーヒーを啜った。は黙って二人の会話に耳を傾けている。
 店からこぼれ出るオレンジ色の光は温かい。

「軍の犬になり下がり―――か。返す言葉もないけどな」
「おまけに禁忌を犯してこの身体…」

「師匠が知ったらなんて言うか…」
「え、どうなるの?」
 そんな人いるのかぁと思いつつが何気なく尋ねると、一瞬妙な間が空いた。
「あれ?」

「・・・・・・こっ…、殺される・・・・・・!!」

「……へ?」
 は目をまん丸にして、かろうじて声を出す。すぐには意味がわからなかったのだ。

 兄弟は今、それぞれ死相を出して怯えていた。身体はガチガチに震え、目を虚ろで、どこか遠くを見ている。最初は殺されるだなんて大げさにも思えたが、彼らの様子を目の当たりにするとあながちそうでもないような気が彼女にはしてきた。

(ど、どんなセンセイなんだろ……)
 いかにして声を掛けようか迷いつつ、彼女はぼんやりとエドとアルの師匠を想像してみた。男だろうか女だろうか。若いか、年寄りか。筋肉マッチョの反面教師だろうか。それならきっと死にそうだ。

(はっ。そうじゃなくって)
「二人とも落ち着いてよっ! 大丈夫だってば!」
は会ったことないからそんな事が言えるんだよ〜」
 それは確かに。
「そうだぞ! あの人をなめちゃいけない!」

(あーもう!)
「とりあえず落ち着くーっ!」

「「 は、ハイ 」」
「あ、本当に落ち着いた」
 今度は強制終了となった。

「と、とにかく今そんなことを考えても仕方がないじゃない。せめて保留ってことで」
「そ、そうだな……」
「ボク思わず取り乱しちゃったよ」
(良かった……我に返ってくれて)
 眺める方としても恐ろしい形相はよろしくない。
 三人それぞれ同じタイミングで盛大を溜め息をつき、それに気がついてちょっと笑い合った。

「なんか喉が渇いちゃった。エド、少し分けてっ」
「え……」
 返事をする間を与えずマグカップを受け取ると、は一口飲んで喉を潤した。そしてまた言ったとおりにエドの手元へ。

「それにしてもそのヨキって軍人には一度会ってみたいよね。自分のやってることがわかるように、いっそのこと痛い目にあっちゃえばいいのに。どこら辺に住んでるのかな、あっもう遅いからどっちにしろ日を改めてになるかなぁ。ね、どう思う?」
「どうって言われてもなあ…」
 意見を求められてアルは言いよどむ。には悪いが、興味は既に別のところへ移っていた。頭を掻く仕草をしながら、ちらりとあさっての方向を窺う。

 そこにはエドがカップを両手で包みながら、なんともいえない表情でぶつぶつと呟いていたからだ。
「…これ…、ひょっとして、間接キス……!?(ドキドキ)」



       *       *       *



 と、そんなとき。
「どけどけ!」
 店の中の方で大きな声が聞こえた。ドカドカっと遠慮ない足音もする。三人は思わず耳を澄ました。

 どうやら、新しい客が入ったようだ。耳に絡みつくような男の声がした。
「相変わらず汚い店だな、ホーリング」

「…これは中尉殿、こんなムサ苦しい所へようこそ」
「! エド、もしかして噂のヨキ中尉?」
「らしいな。…こっからじゃ見えないな。少し移動するか」

 三人は忍び足で店の入り口の方まで行ってドアの隙間から覗き見た。意外な見物人がいるとも知らずにヨキ中尉は話を続ける。
「まだ酒をたしなむだけの生活の余裕はあるのか…。という事は、給料をもう少し下げてもいいという事か?」
「なっ!」
「この……!!」
 酒場にいる大人たちは思わず気色ばむ。しかし、手の早さは子供のほうが上だった。

「ふざけんな!!」
 カヤルが濡れている台拭きを力いっぱい中尉めがけて叩きつけた。それは見事顔面に当たり、べしょっと盛大な音がする。エドたちにもはっきりと聞こえた。
 中尉に付き添っている軍人が睨みつける。
「中尉!! …っのガキ!!」

 ヨキは最初何も言わなかった。その代わりカヤルを無常にも殴り飛ばした。
(……あ……!?)
「子供だからとて容赦はせんぞ」
 左手を振って合図すると、もう一人の軍人に剣を抜かせた。
「みせしめだ」
 細い刃が、勢い良くカヤルに迫る――――

(危ない!)
 ガキン!!

「……?」
 予想とは違う物音がして、とっさに目をつぶっていたは恐る恐る目蓋の力を抜いた。
 その瞳に映っていたのは……。

「なっ…なんだ、どこの小僧だ!?」
「通りすがりの小僧です」
 右腕の鋼を使って男の子を助けた最少年の国家錬金術師だった。










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  ★あとがき★
  や、……やっと書けた(苦笑)
  あっでも、ヒロインの性格掴みきれてません。まるマの方と混ぜないよう必死です。
  途中でホントに夜の街を散歩しかけましたよ! 母ちゃんを困らせないでー!

  久々のシリーズということで、少々手間取ってしまいました。
  複数回に分ける程のエピソードでもないと思ったんですが、なにぶん力不足で。
  つーか、萌えにくい話だな(笑)

  それでは、ここまで読んでくださってありがとうございます♪
  ゆたか   2005/08/27

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