部屋の真ん中には乳白色の石の円卓。
 ここで行われるのは、眞王の晩餐。



   【婚約者 後編】





「晩餐会っていうより、軍事会談に見えるんだけど」
「私はその軍事会談すらよく知りませんけどね」
 これはユーリ陛下とこそこそ会話した内容。とりあえずメンバーが軍服を着ていれば軍事会談っぽいのかな?
 給仕係りとギュンターさんと私はともかく、グウェンダル閣下にコンラッド…閣下、ヴォルフラム閣下。軍服が3色揃っている。

「こ、こんばんは」

 気まずい沈黙に耐えられなかったのか、陛下は挨拶をした。その結果、ヴォルフラム閣下に鼻で笑われてしまう。綺麗な顔でされる分、心なしか余計ダメージが大きそうだった。

 コンラッドが自分の兄弟の間に立って、改めて兄弟の紹介をする。
「陛下、彼は俺の兄のフォンヴォルテール卿グウェンダル、それでこっちが弟のフォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。二人とも、ついこの間までは殿下と呼ばれる立場だったけど、今は閣下。もちろん陛下より数段格下だから、気軽に呼び捨てでかまいませんよ」
「ぼくに触るなッ」
 どうもコンラッドに良い感情を持っていないらしいヴォルフラム閣下は、そう叫んでコンラッドをきつく睨んでいる。でもコンラッドは軽く流してさっさと弟から離れる。一方、弟たちの間で騒ぎが起こっても、長男のグウェンダル閣下は何もリアクションを起こさなかった。

 一方通行。もしくは、通らない気持ち。
 …ヘンなの。変な兄弟だな。

「父親が違うってのは説明しましたよね。俺だけウェラー卿コンラートで、十貴族の一員じゃないのにもお気付きでしょう。俺の父親は素性も知れない旅人で、剣以外には何の取り柄もない人間だったんです」
 そんな私の思いをよそに、コンラッドは説明を続けた。
「じゃあ、ハーフ? あ、ハーフとかダブルとか言わないのか。母親が魔族で、父親が……」
「人間です。薄茶の髪と目で、無一文の」

「そしてとってもいい男だったの」

 突然の新手な声に、私を含めた皆が一斉にそちらを向いた。
 ・・・。
 ・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・なんか反則。
「母上!」
 一瞬頭が真っ白になった私の近くで、誰かが叫んだ。誰だろう…? でも誰でもいい。ギュンターさんや陛下のお母様がここにいる筈ないから。とすれば答えは一つ。

 魔族三兄弟の母親にして上王陛下。
 フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ。……美人という言葉が失礼なくらいの絶世美女だ。

「久しぶりね、コンラート。ちょっと見ない間に父親に似て、ますます男前になったわね」
「母上こそ、いつにもまして麗しい」
「やぁん、そんなこと、他のコみんなにも言ってるんでしょぉー」
 こんな風に、近くにいる順に息子たちに抱き着いて再会を喜ぶ上王陛下。一般の親子の会話に近いかどうかはともかく。大変だったのはそれからだ。

「陛下ぁ」
「ひゃあ」
「湯殿でお会いしましたわね、あなたが新王陛下でしょう?」
「そ、そうですね」
「こんなに緊張して固くなっちゃって、ほんとに可愛らしい方。あなたみたいな方が新王だったらいいなって、あたくしずっと思っていたのよ」
「そうですね」
 陛下いつの間にしかも湯殿で会ってたんですか、とかぼんやり考えていた矢先、

!」
「……っ!? え、あの!!?///」

 ひぃっとか叫ばなくて本当に良かった。私にもお鉢が!
「きゃーあなたも可愛いわぁ! そして陛下の次くらいに会うのが楽しみだったのよ!」
「…こ、光栄です」
 それだけ言うのが精一杯だった。わ、私に会うのが、どうして楽しみ……?

 ツェツィーリエ様は不意に私の耳に口を寄せると、楽しそうに耳打ちした。
「アニシナに聞いたのよ。可愛くて感心な女のコがいるってね」
「――あ。なるほど…」
 アニシナ様とは会ったことがある。可愛くて云々はともかく、それなら納得はできた。

「うふふ。あたくし、のことが一目で気に入ったわ。もう娘にしたいくらい」
「は、はぁ……」
「恋人はいて? 今度ゆっくりお話を……」

「そこまでです!」
 呆れたような機嫌が悪いような様子のギュンターさんがツェツィーリエ様との間に割って入ってくれて、内心ちょっとほっとした。
 ん? でも今、すごい質問をされたような……?

「やぁーん、何するのよぉギュンター。娘を返して〜」
 いや、ですから、実の息子たちの前でそれは……(汗)
「上王陛下! そろそろ御夕食の時間ですので!」
「いやーねぇ、ギュンター。ひがみっぽい姑みたいに聞こえてよ」
「給仕の者たちも困っておりますので!」
「……うおー、すげーバトルだなー。オーラが」
 どこか感慨に耽っている陛下の声がした。

 とにもかくにも、晩餐は始まる。



       *       *       *



 夕食は途中までは滞りなく行われた。
 敢えて言うなら、陛下がお酒の器で指を清めてしまったり、最高級品の牛には胃袋が八つ角が五本あると教えられて項垂れたりはしていたけれど、考えてみればそれは当然のことだ。陛下の住んでいる世界とこの世界では、いろんな事が違うのだから。

 本格的に雲行きが怪しくなってきたのは、ツェリ様が陛下に励ましのエールを送っていた頃くらいからだ。ヴォルフラム閣下が、陛下に仕えるつもりはないと言い出したのだ。

「この男が新王に値するかどうかもはっきりしないのに、ぼくには納得できませんねッ」
「あら、じゃああなたが王位を継いでくれるの、ヴォルフ?」
「とんでもない。ぼくなどより兄上のほうが、はるかにその地位に相応しい。兄上ならば愚かで卑劣な人間どもに目にもの見せてくれることでしょう」

 うーん、胸騒ぎがするなー。絶対なんか起こるよ。
 肌でビシバシ感じるその予感に気を取られて、目の前のやり取りが遠くに思える。
 まぁそれがなくたって滅多に口出しできない立場だけど…。

「でもヴォルフラム、眞王のお言葉に背いてたてた王が、どういう結果を招いたか、あなたも知らないわけじゃないでしょ」
 確か……いや、あんまり思い出したくないな。

 陛下が何を考えているのがわかったのか、コンラッドが口を挟んだ。
「当然、陛下もですよ」
 そして瞠目する陛下。
「ぅえぇッ!? なんだよそれー! おれは王様になりたいなんて思ったことも願ったことも頼んだこともないのに。それじゃほとんど脅迫じゃん」
「……やはりな」
 私は不意に冷たい空気を感じた。グウェンダル閣下のだ。ひんやりしてて静か。

 閣下はここぞとばかりにバッシングを始めた。やめてなんか胸騒ぎが近くなってる〜!
「最初から、王になる気などないのだろう。双黒だろうが闇持つ者だろうが、そんなことはどうでもいい。こいつは魔王になりはしないからな。最初からそんな覚悟はないのさ。そうなんだろう、異界の客人?」
「えっ……って、確かに……」
 そこで頷いちゃダメですよ陛下、仮にもここまで来たんだから。

 コンラッドが代わりに応戦することになった。
「この国にいらしてまだ二日だ。陛下ご自身も戸惑われている。無礼な憶測の物言いは、些か傲慢に過ぎるんじゃないか、フォンヴォルテール卿」
 そう、その調子……。

「……? 大丈夫ですか?」
「え……」
 気がつくとギュンターさんがこちらを覗き込んでいた。小声で話し掛けてきた。
 まずい、顔が強張っていたのかな。
「顔色が悪いような……」
「だ、大丈夫です。こんな事あんまり慣れないからってだけで…」
 精一杯微笑んで平気なのを態度で伝える。ギュンターさんは少し腑に落ちなさそうな表情をしていたけれど、黙って視線を戻してくれた。

 良かった。変に心配するのは私だけで良いわ。取り越し苦労かもしれないもん。
 ――しかし、これが取り越し苦労じゃないってことは、あともう少ししてからわかった。


 話しの流れで、陛下の父君が魔族だった(個人的にそうだろうとは思っていた)ということが判明してからのことだった。ヴォルフラム閣下が叫んだ。

「たとえ父親が魔族だったとしてもだ! 母親はどうせ人間だろうが! お前の身体には、半分しか魔族の血が流れていないわけだ。どうりでコンラートと話が合うはずだ、どちらも”もどき”だからな!残りの半分は汚らわしい人間の血と肉、どこの馬の骨ともわからない、尻軽な女の血が流れてるんだろう?」

 ヴォルフラム閣下は不意にこちらを向いた。正確には、私を睨んだ。
「こんな事じゃあ、そこの女だって同じじゃないのか!? 『光の』などと呼ばれてても、所詮は地位や権力にしがみついて……」
「へっ? それは……」
 どういうことですか、までは言えなかった。そのときにはもう目の端で黒い色が動いていた。

 陛下がヴォルフラム閣下に、強烈な片道ビンタをお見舞いしていた。

 ……クリティカルヒット。
「じゃなくて、陛下! 何やってるんですか!?」
「陛下っ、取り消して、今すぐ取り消してくださ……」
「やだね!」
 私や、心なしか顔色の変わっているコンラッドの制止を振り切って、陛下は叫んだ。応戦もせず固まったままのヴォルフラム閣下に尚も言い募る。

「取り消すつもりも謝るつもりもおれにはねーかんなッ! こいつは言っちゃいけないことを言った、やっちゃいけないことをやったんだ! バカにしようが悪口言おうが、おれのことなら構わねぇよ! だけど他人の母親とかっ、自分の目の前にいる女の子とかに向かってっ、尻軽・おべっか屋なんてどういうこった!? どーいう神経してんだよ? ああ、謝んねーかんなっ」

 陛下、おべっか屋って何……いや、話の腰を折っちゃうから言わない。言わないけど。
 あまりの事態にどこかぼんやりとそう考えていると、急に陛下がこちらに話を振ってきた。
「ほら、さんも何か言ってやれよ! ちゃんと怒らないと!」
 …怒らないといけないの? 目が点になる。だめだ、話についていけない……。

「あ。いやそのでも多分、私が言うべきことは全部陛下が言ってくださったような……?」
「だー! もう、そうじゃなくって!」

 すったもんだしていると、ゆっくりとナイフを皿に置いたツェリ様が、これまたゆっくりと口を開いた。意味ありげな笑みを湛えて。
「絶対に、取り消すつもりはないっておっしゃるのね?」
 陛下が即時に頷くと、一転して明るく胸の前で手をパンと叩いた。え?
「すてき、求婚成立ねっ」

「「 …きゅうこん…? 」」
 なぜそこでチューリップが出てくるんでしょう? 陛下と一緒に頭上に疑問符を浮かべてみる。

「ほぉらね、ヴォルフラム、あたくしの言ったとおりでしょ? こんなに美しくなっちゃったら、殿方が放っておかなくってよ、って」

 ええとツェリ様のセリフから推測すると。殿方が放らなくてすることが、きゅうこん。だから。
「…ってまさか、きゅうこんって…」
 結婚を申し込む。

「そう、そっちの方」
 いつの間にか私の隣にきていたコンラッドが困った顔で呟いた。ギュンターさんは泣いている。

「へっ? 何が、そっちの方だって?」
 まだ事の重要さに気づいていない陛下が首を捻りつつ訊いてくる。私は思わず、陛下の肩をポンと叩いて慰めた。帰国子女の設定が、こんなことで裏目に出るなんて……。
「陛下。頑張ってくださいね。私は偏見はありませんし」
「だから、何が? ……」



       *       *       *



 しばらくして、辺り一帯に陛下の悲鳴に近い絶叫が響くことになる。
 衝撃ついでに逆に決闘まで申し込まれてしまう。ヴォルフラム閣下の落としたナイフを拾って。
 ……フビン過ぎるわ。

 こうして、私の悪い予感は立て続けに爆発して終わったトサ。










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  ★あとがき★
  良かった何とか晩餐が終わった、と思ったのも束の間です。
  すみません、コンラッドとの絡みがほとんどありませんでした(汗)
  しかもヴォルフのファンの皆様、ユーリを怒らせる要因を原作より多くしてしまいました。
  更にグウェンさんの出番(最後の方)をカットしました……。
  その上、話長いし。畜生ッ(欧)
  きっと精進しますので、お許しを……。

  次はユーリとヴォルフの決闘です。
  それにしても出会い編、結構長いな…。最初は三話で終わる予定だったのに…。あと二話くらい?

  ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
  ゆたか   2004/12/24

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