【決闘前夜】
けっとう。血糖じゃなくて結党でもなくて決闘。
しかもユーリ陛下とヴォルフラム閣下が。
ありえないー。
「……眠れない」
私は貴族の決闘の仕方なんて知らない。けれど決闘の意味を知らないわけでもない。だから、どうしても想像してしまう。どうしよう、血生臭い事なんかになったら。
「あーもう」
頭の中がぐるぐるしている。悩みと頭痛のWパンチで、さっきから寝台の端から端まで何往復か転がっていた。結構重労働だ。私は上に仕える立場なんだから、こんな大きなベッドでなくて良いのに。
「ちょっと散歩でもしよっと」
少し気持ちを切り替えたらいいのかもしれない。そう結論付けて、私はむくりと起き上がった。運動で思いっきり乱れた髪を適当に撫でつけると、寝台から降りた。
どうでもいいけれどさっきから独り言ばっかりだわ。
それもこれもきっと、部屋がとても広く感じるせいだ。ひょっとしたら貴族は皆こうなのかもしれない。寂しくて独り言。そのくせシニカルだったりして。誰かとあたる暖炉の火はあったかいのに。
* * *
今夜はいい月景色だった。月光で明るくて、用意した灯りもあまり必要なかった。
そう言えば、陛下の育った国ではこんなときに使う諺があるって修行仲間に聞いたっけ。なんだっけ、ええと……月夜に……ロウソク。なんか違う、月夜は合ってる筈なんだけど。タイマツ、マッチ、電灯、うーんもっと古典的なものだったような。
「いっそのこと火の玉ってことで……」
墓場限定。
「……?」
「ん?」
いつの間にか立ち止まってうんうん唸っていたら、前方から聞き慣れた声がした。俯いていた顔を上げると、優しげな銀の星とぶつかる。
「コンラッド……」
「こんな時間に散歩?」
「うん。なかなか眠れなくて。コンラッドは仕事…?」
問いかけながらも首を傾げてしまう。コンラッドは私服だった。魔王陛下を城にお連れしたばかりなのに、そうそうすぐに別の仕事があるものかしら。それに手に持っているものはまるで…。
彼は爽やかに笑って言った。
「さっきまでユーリとウォーミングアップをしていたんだ。軽くキャッチボールをね」
「…やっぱりグラブかぁ。え、今まで? それじゃ却ってまずくない? 明日決闘でしょう」
「だからだよ。何もしなくて不安なままよりかは良く眠れると思うから」
「…そっか」
「……やっぱりは不思議に思わないんだな」
「? 何が?」
「俺が魔王陛下のことを名前で呼ぶこと」
コンラッドは月がよく見える良い場所があると言ってくれた。一緒に行かないかって。私はありがたく誘いを受けることにした。城内のことはまだよく知らないしね…。
* * *
「わーホントに綺麗!」
コンラッドが連れて来てくれたのは、あるバルコニーだった。いかにもお城って感じの白っぽい。そこから見上げた空には、たくさんの星と大きく輝く月だった。
「良い場所だね。ありがとう、コンラッド」
「いえいえ」
嬉しくてじっと空を眺めていると、不意にコンラッドが口を開いた。
「さっきはすみませんでした」
「え、何が? 改まって」
「弟のことで」
驚いてコンラッドの方を振り向くと、彼は本当にすまなそうな顔をしていた。弟のことって、さっきの晩餐の事かな?
「あ、決闘のこと? そりゃ心配だけど、それなら陛下の方に…」
「……違うって。そうじゃなくって、ヴォルフがあなたに、地位や権力にしがみついて、って言ったことだ」
しっかりと区切るように紡がれる言葉で合点がいく。なあんだ、そんなこと言っていたのかー。
でもね、それはあなたが気にすることじゃないと思うよ。
「平気よーもう忘れちゃったし。それに、私みたいな立場の人はそう思われても仕方ないと思うよ?」
「けれど……」
「コンラッドは優しいな。でも、やっぱり大丈夫だと思う。ヴォルフラム閣下がひどい人じゃないって事くらい、なんとなくわかるもの。これでも人を見る目、あるつもりだしね? 何より、コンラッドの弟さんじゃない♪」
少しだけ茶目っ気を出して笑うと、コンラッドもやっと納得したみたいだった。雰囲気を和らげる。
「……ありがとう」
「こっちこそ。ここに連れて来てくれて!」
くすくす笑っていると、ふとコンラッドが不思議そうな表情になった。
「そう言えば、はどのくらいあっちの世界にいたんだ?」
『あっちの世界』。それは『あの世』とは違う。地球のことだ。
「ん? あー五年くらい、かな」
「そんなに?」
「うん。私の用事って留学みたいなものだったから」
説明しながらちょっと楽しくなってきた。懐かしいいろんな出来事が、鮮やかに蘇る。
「私ね、一時期ウルリーケ様の所で生活してたのよ。そこで異世界の話を聞いて、興味が沸いて。だから大胆にもお願いしていたってワケ。行かせてくださいって」
「そりゃまた本当に大胆な……」
「でしょ。本当はもっと早くに行けたかもしれないんだけど……いろいろあって、少し遅かったけど」
コンラッドは何も言わずに耳を傾けていた。軍にいるなら、あのころ何があったかはいちいち訊くのも馬鹿馬鹿しいはずだ。
戦争でタイミングが遅くなったに決まっている。
「最初はダメだって言われてたけれど、根気よく食い下がってたらOKしてくれたの。その代わり、役に立ちそうなことをたくさん覚えてきなさいって」
「どんな?」
「私は治癒術が得意だから、医学とか気功とか。植物の育て方も覚えたし、趣味の範囲で占いもかじったかな。地球とここでは文化も生態系も違うから、役立ちそうなことを選ぶのが難しかったけど」
「あはは、そうだな。……俺もなんか覚えてこれば良かったな」
「野球を覚えたでしょ?」
「あれは遊びだろう?」
私はふとバルコニーの手すりに目線を落とした。手で触っているそれはとても滑らかだ。
それをぼんやり認識しながら、口が勝手に動いた。
「陛下って、とてもいい人だよね」
「?」
「明るくてまっすぐで。きっと前世でも、そんな調子だったんだね。ちょっと会ってみたかったかも」
「……」
だからこそあの頃のコンラッドをあそこまで暗くしてしまった。そんな大切な人。
言葉に別に深い意味はなかった。そうでしょ、ぐらいの軽い確認で。なのになんで胸がチクリと痛んだんだろう。
それを紛らわそうと、内心焦って明るい話題にしようとしたときだった。
耳元でふわりと風が舞った。
「――コンラッド?」
顔の横辺りを、彼の指先が触れていた。温かい感触がする。
「どうしたの?」
私の言葉で彼は、驚いたような我に返ったような、とにかく目を軽く見開いた。
「いや、綺麗な髪だなと思って」
指が頬を通り過ぎて、髪に到着する。少しくすぐったい。
「そんなことないよ。オレンジの髪の毛なんて、どこにでもいるもん」
「いや。確かに知り合いにもオレンジの髪はいるけれど、の方が……」
「そう? ……ありがと///」
誉められて顔が紅くなる。浮かれてしまいそうなんですけど!
照れ隠しに、今度こそ話題を変えた。
「明日の決闘、なんとかなるといいね」
「……大丈夫さ」
コンラッドは心なしか溜め息をついて、やっと私の髪から手を離した。
名残惜しい気がした。
* * *
それでお開きになって、一夜が明けた。
結局、コンラッドの言葉は当たっていた。ジャパニーズスモウレスリング(陛下曰く相撲)を中庭で行われる決闘の方法にした陛下は、不意をつかれたヴォルフラム閣下を見事K.O.!
でもあの時はひやひやした。本当ならそれだけで終わりなのに、ヴォルフラム閣下が認めないと言い出したから。
「お前はこの国の王になるつもりなんだろう!? だったらこの国の方法で勝負をしろ!」
そう叫んで剣の勝負に持って行っちゃった。結構負けん気が強いなぁ。
私もギュンターさんも止めようとしたけれど陛下は勝負を受けて。心配したのも束の間。
ホームラン勝ち。真剣勝負で野球だなんて……陛下すごいわ。
それでも、まだ終わらなかった。
「危ないッ!」
ヴォルフラム閣下の生み出した炎の獣が、陛下めがけて突進する。でも陛下は運良くよけた。獲物を掴み損ねた獣はそのまま突進して。
中庭横の回廊を歩いていた召し使いの女の子の方に…。
「大丈夫!?」
「!」
一瞬息が止まるかと思った。
コンラッドが呼ぶのも聞かずに私は女の子の方に駆け寄った。急いで状態を調べる。
息はちゃんとある。脈も正常。頬を軽く叩くと、意識も戻った。…受けたのは衝撃だけ…?
「良かった。大丈夫、命に別状はないです」
後から来た衛兵さんにそう伝える。人心地がついて、やっと周りの状況が頭の中に入ってくる。
振り返ったら二匹の水の大蛇がいて。
「ヴォルフラムとやら、以後よくよく改心いたせ! お上にも情けはある」
驚いて声も出ない私の目の前で陛下はそうおっしゃって倒れて意識を失った。
そうして結果的に、陛下の魂が本物ということは証明された。
というか、なぜにサムライ口調?
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★あとがき★
せっかく細かい設定のある夢小説なので、身の上話などをさせてみました。
せっかくコンラッド夢だったので、絡みを入れてみました。
……どうでしたか? ちょっとは良かったらいいな。
前回で決闘とか言っておきながらメインじゃないですね(汗)
でもかなり楽しかったかも。だってこれコンラッド夢だし。
ちなみに彼の言っていたオレンジ色の髪の知人はもちろんヨザックのことです。
この人のことは、またモルギフ編で…。
ここまで読んで下さってありがとうございました!
ゆたか 2004/12/30