【あなたとワルツを】





「わぁ、綺麗な水色!」

 ツェリ様が用意してくださったドレスは、地球の宝石店のショーウィンドウで見たような、アクアマリンの色だった。もっと簡単に言えば、淡い水色かな。
 キャミソールドレスだ。足首ぐらいまである裾は不規則にジグザグなのが何枚も重なって、いかにもファッションって感じがする。生地は柔らかくて薄いから――シフォンかな? 手触りがとても良い。

 ……高いんだろな、これ。
 そりゃあの方は元女王様だし、値段とか全く考えないんだろうけれど、どうしてもそっちに考えが行ってしまう。庶民の性。えす・えー・じー・えー。

「あれ? まだ入ってる」
 衣装の入っていた袋の底に小さな包みがあるのを見て、思わず首を傾げる。とりあえず中身を開けてみたら、口紅や香水やドレスと同じ色のスカーフが出てきた。極めつけに、包み以外に同じく水色のハイヒール。
「げ、芸が細かいわ…」
 さすがとしか言いようがない。

 不意に不安が湧く。大丈夫かなぁ、ここまでしてもらっていても、ろくにマナーを知らない。

「――とにかく着よ」
 時間が無いのを思い出し、慌てて仕度に取りかかる。ドレスを何とか着ると、髪をできるだけ丁寧に結い上げた。スカーフの次は持参の化粧水とおしろい。紅を薄く引いて、香水を首筋に一滴っと。
 できた。
 鏡を眺めてみる。つくづくツェリ様の凄さがわかった気がした。こんな私でもマシに見えるのよ〜。口紅は少なくとも不自然な色じゃないし、香水も、凛とした花みたいな感じ。良い匂いだわ。

「い、いけないいけない!///」
 普段と違う自分に浮き足立ちそうになる。気合いを入れ直すつもりで、後片付けをする。さっきまで着ていた服をたたんで、ドレスの袋を拾い上げた、そのときだった。
 ぽろり。
「え?」
 胸がはだけた音じゃありません。袋の中から小さな紙切れが落ちた音。…まだ入っていたのね。どっかの青ダヌキのポケットみたい。
 それには何か文章が書いてあった。えーと、なになに?

『かっこいい殿方をゲットしてね。うちの息子でも構わないわよ! あなたのツェリ母様より♪』

「………………がーん」
 迷った挙句、棒読みのコメント。
 息子ってまさかコンラッドのこと? ヴォルフラム閣下が来るとはわからなかったはずだし。いやどっちにしろそんな畏れ多い! それにツェリ「母」様って、そのネタがまだ続いていたなんて!

 却って動揺している間に、ドアをノックする音が聞こえた。ぼんやりとしながら「どうぞ」と返事をする。扉が開く前、奇跡的に第二の手紙を袋に再び入れて隠した自分に感謝した。
、準備は…」
 こちらを覗いた彼がなぜか息を呑むのを、ぼーっと見ていた。
「こ、コンラッド。ど、どうかなっ?///」
 いつも通りに話そうとしたけれど失敗した。どもった。心なしか語尾が震えた気がする。
 どうしちゃったんだろ。あれを読んだからかな。気にすること、ないのに。

「コンラッドー? 何を固まって……お、さんいーじゃん!」
 内心戸惑っていたら、ドアの隙間からひょっこり顔を出した陛下が声を上げた。
「…ありがとうございます。嬉しいな」

「おい退け、ユーリ。ぼくが見えないじゃないか! ……ふん、まあまあだな」
「どうもー」

 陛下を引っ張り戻して、代わりに自分が顔を出したヴォルフラム閣下が、誉めてるのかよく判らないコメントをした。とりあえずありたがっておく。…あれ、閣下は舞踏会に出ないのに、どうしてここにいるんだろう?
「お前がぼくの代わりにユーリを見張るんだからな。とりあえずサマになっているか、確かめに来たんだ。……、変に目立ったら承知しないぞ?」
 うわ。

「まーまー、そんな難しがらずに! 気楽にいこーぜ。ほらヴォルフ、部屋に戻れって。お前も十分目立つんだから」
 陛下が閣下を部屋に連れ戻している間、不意にコンラッドがこっちに近づいてきた。
 笑ってはいなかった。どきりとする。
……」
「ど…、どうしたの? あ、なんかまずい? 着こなし方とか」
 彼はゆるく首を振った。そこでやっと微笑が灯る。
 そっと囁かれた。

「――――すごく綺麗だよ」

「………………あ、ありがと//////」
 絶対に顔が火照っていた。そりゃもう、情けないくらいに。
 それを自覚していながらも、とても嬉しくて、とても幸せで、私は思わず笑った。



       *       *       *



 骨だわ。
 会場に着いて一番の感想はこれだった。床に散らばる無数の骨。さすがに人骨ではない。運ばれてきた食事にある肉類の残骸たちだ。

 思わず絶句するうちにも、すぐ目前のテーブルで立食中だった女の人が、フライドチキンの肉を食いちぎって骨を投げ捨てた。男らしい、と陛下が小さく呟いた。きっぱりと同感。

 陛下とコンラッドがひそひそと意見を交わす。
「そういうマナー……なのかな」
「としか考えられませんね」
 早くも自信がなくなってきたわ。回れ右をして戻りたくなる……しかも走って。
 それでも私達は進むしかなかった。ダンスホールの中央まで、足元の骨をパキパキさせて。嫌な音。
 コンラッドが陛下にきっぱりと提案した。
「ここまできたら腹を決めて、踊っていただかなくては」
「おれ!? おれが踊れるわけないじゃん! 中三の途中まで野球部だったんだよ!? チアリーダーじゃなくて、キャッチャーだったんだから」
「そうはいっても、ご婦人方が、誘ってもらいたそうにこっち見てるし」
 陛下はそこでやっと周りの状況が見えたみたいだった。ちょっとショックを受けた表情になる。ちなみに、周りからの視線の一割くらいは、私が陛下の御傍にいることへの誤解の入り混じった嫉妬のものだと思う。だってビシバシ感じるし。怖くて見渡せない…。

「し、しかも男女で組んず解れつするダンスなんて、小学校の運動会どまりだよ」
「……組んず解れずは大げさだけど、ダンスなんて中学の卒業パーティーでやったでしょう」
 ……それはUSA特有の文化よ、コンラッド。
「ちなみに小学校では、どんなステップを? ワルツ? タンゴ?」
「オクラホマミキサーと秩父音頭」
 なんて素敵にカントリー! それ以前に、二人の会話は何だかツッコミどころが多いわ…。

 コンラッドはちょっと悩んでから決断を下した。
「じゃあオクラホマミキサーでいきましょう」
「いきましょうって、ええーっ!? やだやだやだやだ、男と組むのはいやだよーッ。そ、そうだ、さん、一緒に練習を」
 ……背後の殺気が心なしかきつくなったような……。
「…あー、すいません、それは慎んでお断りさせて頂きます」
「なんでっ!?」
「き、急に背筋に悪寒がして。風邪かなー?」
「……」
 陛下はうな垂れつつ、コンラッドとステップを踏み始めた。すごくごめんなさい。


 しばらくはオクラホマミキサーで踊っていた二人だけど、そのうちこちらに戻って来た。曲の調子が急にゆっくりに変わったのだ。

「どうでした? へい……じゃなくて坊っちゃん」
「なかなか疲れたともスケさん。体力的にも、精神的にも」

 もう終わりだと言わんばかりに溜め息をついた陛下だったけれど、そうは問屋が降ろさなかった。
 つんつんと陛下の頭をつつくのは、新たなダンスの申し込み。
「うっわ……素晴らしい上腕二頭筋ですねえ」
 それは女性に対する誉め言葉としてどうなのかなー…。
 その人は怒るかと思いきや微笑んだ。綺麗なオレンジ色の髪だ。ふと何かが心に引っかかる。

「ありがと。よろしければ、私と踊ってくださらない?」
「せっかくですけど、あのー……」

 陛下は断ろうとしたけれど、その合間にも、負けるかと言わんばかりにたくさんの女性たちが押し寄せてきた。私とコンラッドは真顔でこっそり退避する。
「あたしが先に目を付けていたのよ。踊ってもらうならあたしだわ」
「最初に目が合ったのはわたくしですわ。だったら、わたくしがお相手できるはず」
 …ううわ。修羅場♪

「いやーすごい、さすがミツエモン坊っちゃん。羨ましいかぎりです」
「なにいってんだよコン、えーとカクさんっ、まさかこのまま見殺しにするつもりじゃ……」
「ええ? 自分の主人がモテモテなのは、見てて楽しいもんですよ? ねえスケさん」
「もちろんですカクさん! 御武運をお祈りしますわ、坊っちゃん♪」
「うう……二人とも和やかに笑ってくれちゃってさ……」
 それを最後に、陛下は人波に呑まれていった。もはやここから判別は不可能だ。



       *       *       *



 そしてまた、そうは問屋が降ろさなかった。
「お嬢さん、僕と一曲踊ってくださいませんか?」
「え?」
 声のした方を振り返ると、紺色のタキシードを着た男性がかしこまって立っていた。
 もしかして……。

「お待ちくださいマドモアゼル、おれと先に……」
「ねーちゃんそれよかワシと」
 まさか、陛下の身に起こったことが、私にも!?

 一斉に真剣っぽく見つめられて、頭の中が真っ白になった。まったく予想しなかったことだ。誘われるだなんて。
「あのー」
 どうしよう、言葉が出てこない。それ以前に何を言いたいのかがわからない。
 いっそ一番言葉遣いがマシだった最初の人と


「残念でしたね」
「……コンラッド?」

「この人はたった今、俺と踊ってくれると言ってくれたばかりなんだ」
 えっ!?
「そうでしょ? ……
 意味ありげに見つめられて、やっとわかった。
 助け舟を出してくれてるんだよね? そうだよね?
「――はい///」
 小さな声で頷いたら、男性陣はがっかりしたように散らばっていった。ほっとする。

 と思ったのも束の間。
「さ、行こうか」
「え……って、本気で言ったの!?」
「当たり前だよ。ここで踊らなかったら嘘だってばれるだろ?」
 呆れたように笑って、コンラッドは軽く私の手を引いて、ダンスをしている人たちの中に入った。温かい掌に思わず従ってしまう。

「ほら」
 彼は私を向き合わせると、自分の左手を私の右手と絡ませた。手、大きかった。
「で、でも、ステップなんてわからないし」
「大丈夫だよ。適当にリズム合わせてれば誰も気づかないから」
 気遣うように微笑されて、私も苦笑するしかなかった。まぁいっかって。
「……背中に手をまわせばいいの?」
「うん。…俺は腰に手をまわすけど」
「いいよ別に。そういうダンスなんでしょ?」

 ゆっくり、ゆっくりとステップを刻んだ。
 もともと密着する踊りだから、コンラッドに寄りかかるように体を傾けて。
 すごくドキドキする。
 コンラッドがどんな表情をしているのかは、私が照れ臭くて俯いているからよくわからない。
 私と同じかな?
 私は今、どんな顔をしているのかな……?


 知りたくて、でも自分で確かめる勇気は無いから、ダンスが終わって欲しくなくて。
 そんなときに限って世界は無情だ。


「なに!?」
 船ごと何かにぶつかるような音がして、衝撃がきた。










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  ★あとがき★
  今回は終始ニヤケっぱなしで書きました。だって夢っぽいんだもん。

  でも反省もしとこう。
  海賊、出せませんでした。
  ヨザック、微妙な登場です。
  ダンスの踊り方良く知らないし。
  ごめんなさい。また次に期待してやってくださいな(せんて)

  ちなみに、タイトルは鬼塚ちひろさんの曲をちょっと意識しました。好きだから。

  ここまで読んでくださってありがとうございました。
  ゆたか   2004/01/19

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