!」
「え?」
 突然強い力で腕を掴まれた。



   【白の意味】





 恐る恐る振り返る。そこには見慣れた顔があった。
「……な、なんだコンラッドかぁ。どうしたの?」

「どうしたじゃない。どこに行こうとしているんだ?」
「どこって、さん、ぽ……」
 何気なく辺りを見回しながら、思わず声が途切れてしまった。

 間違えようもなく外だ。でも真っ暗で、今までどこを歩いたのかさえ定かではない。それによく考えてみれば灯りも、間違いなく手に持っていた上着さえもが手元に無くて、今まで平気で歩いていたのが不思議なくらいだった。

「………………ま、まいご?」
「いや、道なら俺が覚えているよ」
「そそっかー、良かったっ。…ごめんねー、ちょっと風に当たってぼーっとしとけば眠くなるかなって思ったんだけど、これじゃぼーっとし過ぎよね! ただでさえ山の中なんて特殊な場所なのに薄着だし、下手すれば別の意味で眠くなるじゃない」
 彼とどう接すれば良いか判らなくて、俯いたまま早口で捲くし立てた。自分の声が上擦っている気がする。呼吸が浅い気がする。顔が赤い気がする。今の私は、コンラッドの瞳にどう映っているのかな。

「もう帰ろっか! 皆心配するし、明日は明日でいっぱいやる事ありそうだし。体力温存しとかなきゃ、今風邪をひいたら大変」

「…はい」
 唐突に、でも静かに名前を呼ばれ、私は思わず黙った。

「さっきの俺とヨザの話、聞いてた?」
 知らない振りをしようとした。その直前にピクリと体が反応する。小さな小さな、だけど見逃せない、ピクリ。

 コンラッドが、音の無い溜め息を吐いた気配がした。
「そうか」

 声が聞こえたからとか。
 少し外に出ようと思ったのは本当とか。
 言葉がいろいろ浮かんだけれど、役に立ちそうなのは一つも無いと思った。
「……ごめんなさい」

「いいよ」
 そんな簡単に許しちゃって良いの?
「ちなみに、どこから聞いてた?」
「……死ぬ覚悟がどうちゃらこうちゃら」
「意外と中途半端だな」
 ふっと、コンラッドは小さく笑った。嫌味のない、自然な。
 油断しそうになる。聞きたいことがあるのに。心が緩みそうになる。

「どうしたんだ?」
 息を詰めて俯いたままの私に気づいて、彼は不思議そうな声を上げた。それでやっと決心がつく。慎重に口を開いた。

「もし違ってたら、笑い飛ばして欲しいんだけど」
「何がだ?」

「――ジュリアさんのこと」

 何も変わらなかったように思えた。
 ただ一つ、さっきから掴まれっぱなしの腕に、僅かに掛かった力を除けば。意外な誤算だったね。

「なんとなくわかるんだよ。コンラッドにとって大切な人の名前だってことは。……もしかして、フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア?」
「……そうだよ」
「……そっか」
 当たってたんだ。瞳を閉じて一度だけ会ったジュリアさんのことを思い出してみる。水晶みたいに透明な印象のある人だった。洗練されたっていうのかな、綺麗で優しい女の人。生まれつきかは覚えてないけれど、目が見えなかった。リーダータイプではなかったけれど、誰からも好かれそうだった。いや、事実そうだった。

、どうしてわかったんだ…? あのときの会話じゃ大してヒントは」
「ん? あー、半分は勘。たまたま一度だけ本人に会ったことがあるの。……戦争中に戦争のために亡くなった『ジュリア』さんを、他に知らなかっただけ」
「…良く当たったな」
「……半分は、それならいいかなーって思ったんだけど」
「え?」
 だってコンラッドとつりあうもん。……あれ、今なんかブルーになったような、私。

「でね、私が一番確認したいのは、それじゃなくて」
「え、違うのか?」
 きょとんとしてコンラッドは聞き返した。なんでそこで驚くの?

「コンラッド。私達、戦争が終わってすぐの頃、一度会ってるでしょ」
「……そうだな」
「私はあの頃のあなたを知っているから、どうしても考えてしまうのよ」
 そこで一旦言葉を切って、息を吸い直した。少し勇気が必要だった。不意にどこかでフクロウが鳴いているのが聞こえた。

「ジュリアさんと白い魂……つまり陛下は、同じ、じゃないかって」


 私は最初にコンラッドと対面したとき、三十年くらい前の自分に似ていると思った。
 両親を事故で亡くして、途方に暮れていたときの自分に。
 つまりコンラッドは、大切な人を失ってから時間を置かずに異世界へ跳んだ。
 だから、その人は戦争中か戦争の後すぐに死んだはずだ。
 ジュリアさんは戦争中に亡くなった。
 そして私は、コンラッドの運んでいた白い魂が、彼の大切な人のものだと知っているから……。


 ぐるぐるぐるぐる、脳内は渦でいっぱいだ。


 でもね。
「答えなくてもいいよ。誰にも言わないし。これって一応国家機密だから」
「こっか…」
「あっ、それとも、今の時点でアウト!?」
落ち着いて。君はウルリーケ達と一緒に住んでいたんだから、それくらい知っていても驚かないよ」
「え、じゃーウルリーケ様のミス? 連帯責任……」
「……ははっ、ああもう」

 違う意味で深刻になりだした私を見兼ねたのか、とうとうコンラッドは吹き出した。肩を震わせて小さな声でクスクス笑う。ちょっと心外だ。
「笑わないでよー、本気で言ってるんだから! ねぇ、聞いて」

 怒った振りして訴えようとしたのに。
 唐突に掴まれていた腕をぐいっと引っ張られて、気がつけばコンラッドの腕の中にいた。

「――本当に参ったな」

「…………え、あのっ、何やって!///」
「……大当たりだよ」
「え?」
の推理は当たっているよ」


「……そ、そうなの?」
「うん」
「絞首刑と火あぶりならどっち」
「しないって」
 私の言った事が余程可笑しいのか、彼はまた声を上げて笑う。再発だ。

 しばらくすると笑いは止んだけれど、まだ解放はしてもらえなかった。どうしたんだろう。いつものコンラッドなら、絶対こんな事しないのに。そうでしょう?
「…ね、ねぇコンラッド、どうしちゃったの?」
「さあね」
「お酒、呑んでるの?」
「そうだな」
 どこか要領を得ない。きっとアルコール説で決定だ。たいした論文じゃないけれど。
 無駄に心臓がバクバクしてて、それでいて打開策が思いつかなくて、困り果てていたときだった。遠くで聞き慣れた声がした。

「うおーい、お姫さーん、隊長ー、いねーかーァ」
「あっ…ヨザックさん?」

 私が首を傾げるまでもなく、コンラッドにも聞こえたらしくて、ゆっくりと腕が離れていった。
「……時間切れか(ぼそっ)」
「え? なんて言ったの?」
「別に何も」
 いつも通り爽やかな笑みを浮かべて、コンラッドは首を横に振った。……でも今何か聞こえたような……。

「ヨザ、ここだ」
「お、いたいたー。…隊長、坊ちゃんの姿が見えないぜ。昼間のところに行ったみたいだ」
「本当か? ……迎えに行かないと」
 報告を聴いたコンラッドはすぐに行くことにした。ヨザックさんに私を宿に送るように言って、さっさと出発してしまう。…なんか理不尽だ。


 コンラッドを見送りつつヨザックさんが話しかけてきた。彼の持っている灯りが夜道を照らす。
「お姫さん、大丈夫かーい? こんなとこまで一人で来ちゃいけないよーう?」
「うわーやっぱ遠くまで移動してたんですね? ……以後気をつけまーす」

「にしても、お姫さんにも隊長にも驚かされたねェ」
「え…? コンラッド、も?」
「そーそー。お姫さんがいないってわかった途端、上着もランプも持たずに出てっちゃうんだもん。グリ江、びっくりー」

 上着もランプも無しに?
 え、それは私のことじゃ…あ、でも、そーいえばそうだった、かも?
 だってヨザックさんが来て急に周りの景色が変わった気がする。というか、明るくなった。

 どうしてそんなことをしたんだろう。私がいないってわかって、そんなに焦った……?

「…………/////」
「およ、どうしたんお姫さん? 顔赤いよー」
「そぉっ、んなこと、ないですよー?」
「んじゃ風邪?」
「それも違…うと思う」

 言い切れなくて唸っていると、ふとヨザックさんの肩に何か引っ掛かっているのが見えた。小さくて薄っぺらい物だ。取ろうとしつつ口も動かす。
「ヨザックさん何か付いて……葉っぱ?」
「へ? …あーそうなんだー」
 妙に言葉を濁しながらヨザックさんは頭を掻く。なんか言ったかな、私。
「なんで、こんなところに? 獣道でも通ったんですか?」
「うん、まーある意味ね」
 なんですかそれ。


 宿に戻ると夜明けは近そうだった。山の夜明けは近い。
 きっとだからだ。あんまり眠れなかった。ただ、布団の中は温かくて、ごろごろしていた。
 彼の体温よりかはぬるいかななんて、一度だけ考えながら。










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  ★あとがき★
  ヒロイン結構強情です…。あるいは鈍感です。「気づく」にはまだ時間が掛かりそうです。
  意外と純愛ですよね、『リトル・レインボウ』。いや、書いてんの自分だけど。
  まぁ先は長いのでたっぷりと書かせていただきます♪

  最後の方のヨザックさんのネタ、わかりました?
  どうして葉っぱがついてたのかは、ご想像にお任せします…(笑)

  ここまで読んでくださってありがとうございました!
  ゆたか   2005/02/20

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