【「安心して。】
懐かしい夢を見た。
嫌な赤が、大切な場所を包んでいた。
とても熱かった。外は寒いはずなのに……熱かった。
周りの大人達が何か叫んでいる。
悲鳴。怒号。牽制。
でも私自身の声が邪魔して、聞き取れはしない。
気がつけば、声も涙も体力も枯れていた。
大切な場所は、赤から黒へと異臭を放って。
一番聞きたくない事実を知ったとき、私は――――。
* * *
「そんなに落ち込まれても」
「なじぇぼくが落ち込まなくてはならないんじゃり!?」
すぐ近くで繰り広げられている会話で目が覚めた。いや、我に返った、の方が正しいのかな。
いつの間にか馬に乗っていた。それも、いつもやっているような跨ぐ方法じゃない。貞淑なお嬢様がやるような横乗りだ。
私はぼんやりと横に流れる景色を眺めていた。どうして馬に乗っているの? 私、砂の中に埋もれていたんじゃなかったっけ。
「……まず口の中の砂を吐き出せよ」
すぐ近く、なんてものじゃなかった。隣りで聞こえた。
「――――あ、れ?」
「良かった、気がついたのか、」
恐る恐る視線を上げてみると、案の定にこやかなコンラッドと目が合った。しかもアップだ。それまでまだどこか曖昧だった意識が一気に覚醒する。
気を失っていた私が落馬しなかったのは、彼の胸板に寄りかかっていたからだった。ちなみに、もちろんコンラッドはいつもの乗り方で。
「ど、どうして!? なんで、コンラッドは陛下達と一緒だったんじゃりっ!」
「……君も、砂」
コンラッドは苦笑して私の背中を軽く叩いた。確かに口の中がざらざらしてて気持ち悪い。道理で砂の味がすると思った。
「引き返して砂熊から逃げる手助けをしたんだよ。陛下に命令されてね。見殺しにするような、そんな奴になるなって」
「ぼくは自力で脱出できたぞ!」
砂と格闘しながら説明を聞いていると、ヴォルフラム閣下が話に割り込んできた。なんだかひどく不機嫌そう。何があったんだろう。
「それなのに、おまえが戻ってきたりするからこういうことになるんだ! つまり、兄上とユーリが、二人きりで旅を……」
「あ、なるほど」
「呑気に納得しているな!」
いいじゃないですか、やっと事態が飲み込めたんだから。
つまりこういうことよね。状況を重く見た陛下が、コンラッドに救出の命令を下された。そしてご自分はグウェンダル閣下と一緒に、一足早くスヴェレラへ。そしてコンラッドの方は首尾よく任務を遂行したはいいけれど、今度はヴォルフラム閣下に叱られていると。婚約者と兄を二人っきりにしちゃったから。
でもね。
「陛下とグウェンダル閣下じゃ、どうにもなんないと思うけどなぁ」
首を傾げる私の横で、コンラッドもうんうんと頷く。思い当たる節はありすぎ。
「俺もそう思う。どうだろうヴォルフラム、婚約者と公言しているんだから、もう少し信じてさしあげては」
「だがグウェンダルはあのとおりの可愛い物好きで、ユーリは自覚のない尻軽だッ」
そう言えば、閣下から「ねこちゃん」の編みぐるみを頂いたなー。ちゃんと部屋に飾ってある。
「でも、それとこれとは何か違うような……」
「それに、ヴォルフ、もし俺があのまま引き返さなかったとしたら、もっと複雑な気分になるんじゃないのか?」
コンラッドの発言に、私は首を傾げた。閣下は眉根を寄せる。
「ユーリとグウェンと俺の、三人旅」
「「 …… 」」
各自、想像中。
「……なんかいっそう不安な気がする」
「え、どうして? よくわかんないんですけど」
三という数字がいけないのかな。
ヴォルフラム閣下のイライラをよそに、馬は比較的ゆっくりと進んでいく。ここが砂地だからという理由もあるだろうし、砂熊から逃げてきてからの疲労も積もっているんだろう。
「コンラッド、やっぱり二人乗りはこの子(馬)にとってきついんじゃないかな。私はもう起きたし、空いてる馬があるなら乗り換えるけど」
私の提案に、彼は驚くべき情報をもって答えてくれた。
「ああ、それなら大丈夫だ。さっき馬が二頭増えたから」
「……ふ、ふえたっ?」
「砂熊が備蓄していたらしい。どさくさに紛れてついて来たと、さっき報告があった」
「そ、そうなんだー」
あれ、でもこれは微妙に理由になっていないような…。
「それにどっちにしろ、もうじき休憩を取ろうとしていたところだ。だいぶ進んではいるし。の髪からこぼれる砂もなんとかしなきゃいけないしね」
「あっやっぱ気になる?」
私の髪は背中まで届くくらい長い。だからその分砂が絡まって、身動きするたびにぽろぽろ落ちるのよね。ヴォルフラム閣下なんかもそうだ。普段は綺麗な金髪なのに、今は砂埃ですっかり酸化状態だ。磨く前の原石みたい。
コンラッドに掛からないよう、こまめに砂を払いながら呑気にそう考えていたときだった。なぜか慎重そうに彼が口を開いた。
「…」
「ん?」
「休憩は取れるけど……気分とか、悪くないか?」
「へ。別に悪くないよ? いつも通り。どうして?」
「いや……」
コンラッドの口調は珍しく歯切れが悪かった。なんだか、単なる確認のための質問じゃないみたい。もっと深刻な空気があった。
なかなか口を開かなかったけれど、辛抱強く待っていると、やっと彼は口を開いた。
「さっきまで、うなされていたから」
「え? …あ、あの」
とっさに答えられない私を見て、コンラッドはさらに訝しげな表情になった。まずい。
「ゆ、夢を見たんだよ!」
「夢?」
「……。お前、ぼくたちが大変な目に遭っているときに、夢なんか見ていたのか!?」
うわ、これはこれでまずい。閣下がド低い声を出してる!
「す、すいません……(小声)」
「まったく、これだからおまえは」
「それで?」
ぐちぐちと続きそうな小言を遮ってコンラッドが先を促した。
「え?」
「どんな夢を見たんだ? 是非聞きたいな」
嫌とは言いにくそうな口調。どうしたんだろう、いつもと違う。なんでそんなにこだわるんだろう。……そんなにうなされていたのかな。あの、夢で。
「…あ…」
「あ?」
あかい。
「……アメリカンザリガニとバルタン星人が握手する夢」
「……そりゃまた、どうやって」
「そう…そこはモザイクがかかっていて…」
「なんだ、そのアメリザニとバルタセというのは。新種の動物か?」
おしいっ、片方は怪物です。ミニチュアの建物を倒す役。
「あーあ、すんごく興味があったんだけどな〜。いろいろ頑張ってみたんだけど、結局見れたかったんだよ。…案外それでうなっていたんじゃない? コンラッド」
笑いながらちらりと横目で見ると、彼はなんとも言えない表情をしていた。敢えて説明すれば、驚きと呆れと困惑がないまぜになったような顔だった。
「そう、か」
一呼吸後に、それだけ呟く。私もそうそうと頷いて、また髪から砂を取り除く作業に戻った。
前触れもなく私と彼の乗る馬がヒヒンと鳴いた。砂が飛んでしまったのかもしれない。ごめんね。
ごめんね、嘘ついちゃった。
まぁ確かに、ザリガニとバルタン星人の握手の仕方も気になるけど〜。
本当は違うのよ、コンラッド。
私が本当に見た夢は……。
* * *
やっぱり、今日のうちには陛下とグウェンダル閣下に追いつけなかった。というか、砂丘の中で夜を迎えてしまったのよね。
もともと首都で落ち合えるよう手はずは整っていたらしい。宿の場所をあらかじめ決めていたみたいだから。
よって、私達は野営を張ることにした。
ラッキーな事にちょうどいい岩場があった。三つのグループに別れて火を焚く。私はコンラッドとヴォルフラム閣下と、あと五人の兵士さんと一緒だ。
「砂漠で夜を迎えるのって、初めてだな」
「そうか。ご感想は?」
「寒い」
そう素直に述べると、コンラッドは苦笑してもっと火に近づくよう手招きした。本で読んだり地球のテレビで見たとおり、昼間あれだけ暑かった砂漠は一気に気温を低下させた。夏と冬が一日でいっぺんに来たみたいだ。
皆、奇跡的に砂熊から取り戻せたという毛布に包まっている。
昼の疲れが溜まっていたのか、周りは比較的あっさりと眠りに落ちていった。兵隊の野営って、もっとわきあいあいしたのを想像していたんだけれど意外だ。ヴォルフラム閣下なんて、ぐぐぴ、なんていびきをかいている。
「じゃ、おやすみ〜」
「おやすみ」
私も結構眠くて、すぐに瞳を閉じた。できるだけお互い寄りそって保温効果を上げなきゃいけなかったから、体育座りだけれど。
そして、また夢を見た。
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★あとがき★
今回のポイントは、やっぱり砂利とモザイクだと思います(笑)
本当はもう一つネタがあったのですが、書き切れないので次に回しました。くだらないけど。
ちなみにタイトルは決して誤っていません。(「安心して。)とかなってるけどね!
次の話と合わせて一つのタイトルになるんです。ぶっちゃけ、前編みたいなもんです。
さあ、どんどんヒロインの過去(かもしれない)が明らかになっていきます。
ゆたか(=私)としては、謎を謎のままにしないよう必死です。
…というか、この要素のおかげで創作に近い気がするのは、私だけ?
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
ゆたか 2005/04/07