「安心して。



   【ずっと傍にいるから」】





 目蓋を開けると、周りは真っ暗だった。

 私、砂漠で寝ていたんじゃなかったっけ。
「おーい。コンラッド、ヴォルフラム閣下ぁー?」
 はっきり出したはずの声はあっさりと闇に紛れていく。返事はない。ため息をつきながら立ち上がり、そろそろと移動してみた。ここにいても仕方ない気がしたから。

 裸足で歩く。けれど感触は良くわからない。
 なんでなのかなぁ、ひょっとして夢? まっさかー、ちゃんと起きてるよ。 


 それにしてもついてないな、置いてきぼりにされるなんて。

 でもなんだかわかる気もする。だって私、あんまり役に立たないんだもの。
 皆が必死で砂熊と対峙していた時もぐーすか寝ていたし。起きていたとしても、何かできたとは思えない。

『光の』だなんて立派なあだ名があるけどね。
 その実態は、厄介な事件に首を出して足掻いて、やっぱり首出して。

 誰かの治療をするのは、それくらいしか取り柄がないってだけ。
 元気になって笑ってくれると、ああ良かったなって思うから。


 どこまで歩けばいいんだろう。どこまで行っても灯り一つない。

 コンラッド達はいったいいつから進み始めたんだろう?
 地平線ぎりぎりの位置でもいいから、手掛かりがあればいいのに。馬に乗っているのかな? だからもう目を凝らしても無駄で。

「うーん、ひっどいなぁ」

 考えているよりものんびりした声が口から漏れ出た。そんな場合じゃないのよ、私。なんとかしなきゃ、眞魔国に帰れるかどうかもわからない。

 せめてランプでもあればな。こう暗くっちゃ……



『灯りが欲しいの?』
「え?」

 突然私の心を読み取ったかのような声が聞こえて、私は目を見張った。
 女の人だ。それも年上の。なんだか懐かしくて優しくて、私の中にほわっと広がる。

 その声は続ける。
『あげようか』
「どこにいるの? だれっ――――」
 最後まで言うことはできなかった。
 途中で心当たりに気づいてしまったから。でも……そんなハズはない。だってここにいるはずがないよ。あの人は。

 ……なんで?

『ほら』
 真っ赤な光が目の前いっぱいに広がる。いや、正確には光というよりかは炎だわ。
 大きな炎に相応しい黒い煙が鼻をついた。木が黒焦げになる匂い。どうしてこんなに燃えるの? 森が火事なの?
 それとも。

「まさか……」

『独りにしちゃってごめんね、
「どうして」

『安心して。ずっと傍にいるから』


 どこまでも優しい声音が、黒い空間に一瞬満ちた。



       *       *       *



「――――っ!!」
 息が苦しい。力が出ない。全身が焼かれるように熱い。
 どこか懐かしい衝撃に、私は音にならない叫びをあげた。自分で自分を抱きしめるようにしてうずくまる。恐くて目を開けることができない。

 痛みを堪えながらぼんやりと考えた。
 同じ。「あのとき」と同じだわ。
 あのときも、私は

「い、やだっ…! もう使わない! 誰か」
 助けて。



!?」



 力強い声が聞こえて、両肩をしっかりと掴まれて揺さぶられた。その温もりはなぜかとても心地良くて、私はやっと息を吐くのを思い出す。そのおかげで呼吸が少し楽になった。

 勇気を出して薄目を開けると、銀の星が心配そうにこちらを覗いていた。
「……あれ、コンラッド。どうしているの? 先に行ったんじゃ」
 これは夢?

「何を言っているんだ。俺はずっとここにいるよ」
「え? そうなんだー?」
 困惑気味の彼を眺めていると、なんだかおかしくて、私はつい笑ってしまった。まだ体が少しだるいから力のない、頼りないモノになったけれど。

「戻って来てくれたのは嬉しいけれど、そんな嘘をつかなくてもいいのよ? ちゃんとわかってるんだから」
「……まだちゃんと目が覚めていないのか?」
「起きてるよー」

 受け答えしながらふと横に視線をそらすと、焚き火が見えた。
 ほのお。高熱の塊と強い光線。耳の奥で不協和音が蘇った気がして、一瞬思考が止まる。

?」

 正気が戻る前には既に、私はコンラッドにしがみついていた。

「え?」
「あ、ご、ごめ…っ」
 さすがに本気で驚いているだろう彼に謝ろうとするも、うまく言葉が紡げない。体も動けない。

 カーキ色の軍服が見える。いや、私自身が影になっていて、本当は暗くて色なんてわからないんだけれど。取れ切っていない砂で独特な触り心地がする。何で服がこんなに揺れるんだろうと考えていたら、私の指が震えているだけだった。
 離れたくない。どうしよう、離れられない。このままじゃコンラッドに迷惑をかけちゃう。内心パニックになりながら、考えあぐねていたときだった。

 私の頭に、私のではない手がゆっくりと当てられて、髪を撫でられた。

「――――あ…」
「いいよ。いいから」

 穏やかで優しい声が耳元で聞こえた。コンラッドの笑っている顔が、目蓋の裏に鮮明に思い浮かべられた。
 いいの? しばらくこのままでいても。もしヴォルフラム閣下に見られたら、からかわれちゃうよ。

「コンラッド……」
「怖い夢を見たんだろう? 大丈夫だから。俺が傍にいるから」

「……ありがとう」
 観念して私は肩の力を抜いた。不思議だな。この人といると、いつも安心してしまう。

 安心したせいか、自然と口が開いて、私はずっと考えていたことを言い始める。
「馬鹿だな、私。もう平気だと思っていたのに」
「何がだ?」
「もう五十年も前のこと」

 声も涙も体力も枯れたあのとき。
「うちの両親ね、家が火事になって、死んだの」

「……」
「後で聞けば、火の不始末が原因だって。台所が一番よく燃えたみたい。なんで私だけ助かっちゃったんだろ、って何度も何度も想ったよ。……ろくに親孝行もしていなかったのにねー」
 不意に焚き火の薪がパチッとはじける音がした。僅かに手に込めている力を強めてしまう。まだ回復に時間は掛かりそうだ。

 コンラッドがため息をついて、不満そうに問い掛けてきた。
「どうしてもっと早く言わなかったんだ。火が苦手なら、なんとかしたかもしれないのに」
「違うの、火は苦手じゃないよ」
「それならなぜ」
「本当だってば。多分、今になって思い出したのは、昼間に砂まみれになったからよ。砂漠の砂ってすごく熱いでしょ? それを全身で感じたから、連想で思い出したんじゃないかな。……あのときは私も大変だったから」
 ごめんね、あんまり言いたくなかったよ。そんな辛そうな顔をしないで。

「火が怖くないのは本当よ。ちゃんと克服したもの。今は反動でちょっと見れないけれど、すぐ治ると思うから。ね?」

「……まったく、は強いな」
 念を押すと、苦笑いになってコンラッドは言った。そう?と訊いたら力強く頷かれてしまう。

「そもそも君は頼らなさ過ぎなんだ。なんでも一人でやろうとする。たまには助けさせて欲しいのに」
「え、何言ってるの!? 私って役立たずじゃない。説明うまくできないし、今日だって砂熊対峙に参加してないし」
「参加するっていうのもどうかと思うけど……。それに、女性にしては頑張っている方だと思うよ」
「女性って、そんな、性別は関係ないよ!」

「そうかな?」
「え?」
 今まで頭を撫ででいてくれた手が、静かに背中まで降りてきた。抱きしめ返される。

「俺はが女性で良かったって思っている」


 妙な間。
「…………あ、あの!?/////」
「ん? どうした?」
 どうしたじゃないよっ。
 思わず見上げると、コンラッドはいつも通りの爽やか〜な笑顔。でも今、言ったのは…。今のニュアンスはまるで!

「…あ…」
「あ?」
 あい。


「……あれーなんだか眠くなってきちゃったそろそろ夜かな!?」
「……もう随分前からだよ」

「そっかじゃー寝ないとねおやすみ!」
 強引に締めくくって私はぎゅっと目をつぶった。本当は離れた方がいい気がしたけど、それはそれで対面してしまうのでスルーする。

 夢なら早く醒めないとと思った。だってどうすればいいかわからない。それによく考えれば、母さんが出てくるなんてあり得ないし。これは夢だわ。これも夢よね決まってる!


「…おやすみ」
 いつかのときのように彼がそう言ったような気がしたのを最後に、私は意識を投げ飛ばした。

 少しもったいない感じがしなくもなかった。



       *       *       *



 そんなわけで、リアルなのかリアルじゃないのかわからない夢を見ながら朝が開けた。
 都合の悪いことに、今回の夢をばっちり覚えていた。コンラッドがこれを知っているはずはないけれど、なんだか意識してしまって、私はまともに顔を合わせられない。

 そんな中でも慌ただしく出発してある街に着いた。陛下とグウェンダル閣下がいるかもしれないので、人間に探りを入れることになる。

「閣下が斥候などなさらなくても……」
「いいんだ。俺が一番、打ち解けやすいからね。こういうときこそ庶民的な外見を役に立てないと。それに知ってのとおり、俺は人間と仲がいい。身体の半分が同じだからな」
 コンラッドはそう笑って、なんかこう、地球の海産物みたいな頭をした入り口の警備隊達に近づいていった。私達は岩陰で待機していることにする。

 彼が宣言した通り、こちらから見える警備隊の皆さんは友好的みたいだった。その様子を眺めていたら、背後から誰かに声を掛けられた。
「ねえ、ちゃん」
「へっ?」

 驚いて振り返ると、数人の兵士さんが何やら興味津々な顔でこっちを見てる。私なんかやったっけ?
「ちょっと質問があるんだけどさ」
「しつもん? なんでしょうかー?」

「ずばり訊いちゃうけど、コンラート閣下とどういう関係なの!?」
 ぶっ。

「なっ……なななんでいきなりそんなことをっ??」
 頭の中が真っ白になりかけて、私は必死に声を絞り出した。
「だって……なぁ?」
「親密というか」
「いい感じだよな」
「うらやましー、俺も彼女ほしー」
 カノジョって何!

「ち、違いますよっ、そん、な、特別じゃ」
「何言ってんのさ、ちゃん」
「あ、閣下もしかしてまだ告白してないのかぁ? ダメじゃん」

 それまで黙ってやり取りを聞いていたヴォルフラム閣下が静かに口を開いた。
「おいお前達、あんまり冷やかすと、後でコンラートに睨まれるぞ」
「あ、やべ」
ちゃん、今のは閣下に内緒ね!」
 兵士さん達は慌てて少し離れる。緊急事態を逃れられた私はほっとして息をついた。

「び、びっくりした……」
「いっぱいいっぱいのようだな、

「でも閣下、どうしてあんな事を言われたんでしょうか? そんな、言われるようなことなんて、あるわけないのに」
「……、お前……」
 ヴォルフラム閣下はなぜかすごく渋そうな顔をした後、変なことを尋ねてきた。


「もしかして覚えていないのか? 昨夜のこと」


「昨夜? 昨夜はキャンプファイアーを囲んで寝て、……あれ?」
 自分で言ったセリフの中にキーワードがある気がして、私は首を傾げた。
 キャンプファイアー。焚き火。確かそんな物を、どっかで強烈に見たような…………。

「……閣下。昨夜のこと、詳しく教えて欲しいような……」
「ああ、いいぞ」

 ごにょごにょ。



「え――――――――――――――――――――っ!!!???////////」

「うわっ、大声を出すな!」
 その場にいた全員が驚いて耳を塞いだ。というのは後で聞いたんだけれど、そのときの私は周りの状況もろくに認識できずに両手で頭を抱えた。

 なに? 夢じゃなかったの? あそこからあそこまで。

 ってことはつまり、私は本当にコンラッドと起きて話をしていたわけで、あれも知られちゃったわけで、あんなことも言われたわけで、それ以前にあんなことをしちゃったわけで……えぇーっ!?

「そんなっ、どうしよう私?」
「コンラートなら別に怒っていないと思うが」
「そんなわけないじゃないですかっ!?」
「いや落ち着け……」

 完全にショートしてしまった私は、途方に暮れてその場をおろおろした。前後不覚で、どこを歩いているのかもわからなくなる。
 そんなわけで、いつの間にか岩場から出てしまった。眩しい光に目がくらんで、思わず目を細めながら顔を上げる。

 きょとんとした瞳とぶつかる。謀ったかのように、コンラッドの方を向いていたわけで。



       *       *       *



 母さーん。助けてください。
 心臓が爆発しそう。調子が狂ってるんです。
 どうにかしてよ〜っ!
 だってずっと傍にいてくれるんでしょう…?










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  ★あとがき★
  タイトルが完結いたしました。シリーズの方はまだまだ続きます。
  誰のセリフということにしようか迷っい、結局あの人になりました。
  同じような意味を言ったという点では別の人もですけどね。濃度100%(?)はあの人。

  なんとか一段落できたようで嬉しい限りです。
  一番のヒミツはまだですけどね♪ これからこれから。
  兵隊さんズが意外に活躍しました。話し言葉があれでいいのかは甚だ疑問ですが。

  ここまで読んでくださって、どうもありがとうございます。
  ゆたか   2005/04/22

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