二人の手掛かりが見つからなくて途方に暮れていた私達は、ひょんなところでキーパーソンに遭遇しましたトサ。



   【逃げてきた花嫁】





 日が暮れてからも私達は陛下捜索を続けていた。とは言っても派手なことはしない。ぶらつくように街中を歩き、何気なくを装って辺りを見回す。
 昼間から感じていたことだけれど、あんまり活気は感じられなかった。灯りの漏れている店といえば、酒場か娼館ぐらいだった。でも、そこにいるのは酔いつぶれた兵士ばかりで、若い女の人の姿が見当たらない。なんとなく複雑な気分だ。

「ここら辺には居そうにないね」
「まったく。そもそもこの街にユーリと兄上は居るのか!?」
「まあまあヴォルフ」

 苛立ちと気分の悪さでナイーブな閣下を宥めつつ進む。
 夜に女の子が出歩いているのはよっぽど珍しいようで――まぁこの調子だとそうだろうけれど、ときどき好奇心の塊みたいな視線を感じた。それでも声を掛けられないのは、一緒にいるこの二人のおかげだろう。兄弟かボーイフレンドか、どういう団体だと思われているのかは判らないけれど。…気になるな。

 そんなときだった。「花嫁」に出会ったのは。
「ひゃっ」
 ――ドンッて、
「あっごめんなさ……」
 娼館を過ぎた暗い道ですれ違いざまに私とぶつかりそうになったのが、彼女だった。

 第一印象は、明るそうな子だなーと。
 良く考えてみれば、一人で外にいる女の子という時点で私よりも目立っていたけれど、あまりに突然なことでそんな現実的なことまで頭が回らなかった。

 そして、その彼女こそがキーパーソンだった。
「いえいえ、こちらこそー」
 本当ならそのまま通り過ぎるところだった。でもなぜかコンラッドが驚くべき勘違いをして、チャンスを逃すことにはならなかった。
 世界七不思議くらいに謎な間違い。


「ユーリ?」


 きょとんとしている女の子と見つめあうこと約三秒。
「えぇっ!? そうなの? いつの間にオンナノコになって!」
、そんな大真面目なボケをするな! じっくり観察したくせに」
 半ば本気で驚いたら、ヴォルフラム閣下から的確な一蹴を食らいました。ぐすん。

「コンラートも、何を勘違いしてるんだ」
 閣下に不満げに話を振られたコンラッドは、軽く目を見開きながらも僅かに頷いて返事をした。自分でもすごく不思議がっているみたいだった。少し彼らしくない。

 何はともあれヴォルフラム閣下は続ける。
「ユーリはもっと品があって洗練されている。それにこれは、棒みたいだといえ女だぞ?」

 いや、ちょっとそれはあんまりな言い方じゃ……。
 そう思って、一言申そうとしたそのときだった。言われた当人が弾かれたように叫んだ。ただし、苦情ではなかった。後々考えてみると、もっと応対に困るものだったわけで。

「待って! 待ってあなたたち、ユーリを知ってるの!?」

「え!?」
「うるさい
 また一蹴されました。でも今度は負けていられない。これが落ち着いてられますか!
「あなた、へい……もとい坊ちゃんを知ってるの!? 間違いじゃない? どのユーリ様ですか!」
「二人連れのユーリよ」
 うーん、そりゃまた判別しにくい。けれど脈はある。陛下はグウェンダル閣下と二人旅をしているはずだから。

 彼女は頭巾みたいに被っていた布を落として、月の光に目を凝らすようにして私達を見た。コンラッド、私、そして最後にヴォルフラム閣下で目を止める。
「あなた魔族の人ね。だってすごく綺麗な顔をしてるもの。そっちの女の子も、そうでしょ?」
 ご名答です。

「ねえあなたがた、ユーリの知り合いなの?」
「知っているも何も……」
「ユーリはぼくの婚約者だ」
 コンラッドが言い淀んでいると、ヴォルフラム閣下が代わりに言葉を引き継いだ。得意のふんぞり返りポーズで。
「えっ」
 彼女はなぜか聞いてはいけないことを聞いたような顔をして口元に手を当てた。視線を落ち着かなさ気に揺らす。どう見ても明らかに動揺していた。正直な子だな。
「……ということは、それじゃ、あの、あのっあなたが、あのォ」
「なんだ」

 彼女が陛下を知っていると言った時点から小さな胸騒ぎはあった。
 ここまでくれば立派な警鐘だ。それでも、それを止める事はできなかった。
 ヴォルフラム閣下専用の爆弾発言まで、あと一秒未満。

「婚約者をお兄様に奪われたという弟さんなのね?」

「なにィ!? どういうことだ!? どういうことだコンラート!? 兄上がそんな、まさか、いややっぱり、というかあの尻軽ッ!」
 ヴォルフラム閣下は、あまりの急激さに脳震盪を起こすんじゃないかと思われるくらいに怒りまくった。頭の上にフライパンを載せれば料理ができそうなくらいに。

「落ち着けヴォルフ、ちょっとした誤解だから」
「あの、いえ、誤解じゃないわ。あたし二人に直接会ったんだもの。気の毒に、あのひとたち追われていたの。お互いに手錠で繋がれて離れられないのよ」
「手錠だとぉ!?」
 彼女は状況をどんどん悪くしながら説明した。嘘を話してるようにも見えないし悪気は無いんだろうけれど、おかげでヴォルフラム閣下は長いことゴミ箱に八つ当たりすることになった。

 その過程で、彼女の名前がニコラだということが判った。ニコラは魔族と許されない恋に落ちて、処刑される代わりに偉い身分の人間の息子と結婚させられそうになったらしい。そこに逃走中の陛下とグウェンダル閣下が通りかかって、なぜか一緒に逃避行ツアーしたそうだ。
「あたし、気づいたの。やっぱり自分の心が決めた人と結婚しなきゃダメよね! ユーリが教えてくれたの。結婚生活で必要なフクロは、非常用持ち出し袋と手袋と、あーそう、イケブクロ!」
「最後のは多分違うよ」
 池袋は確か、地球の知人が教えてくれた、というか叩き込んでくれた地名だ。秋葉原と並んで。

「ユーリとあの人、あの、あたし名前を教えてもらってないの。ヒューブの従兄弟の背の高い方は、とっても息が合ってたのよ」

 この一言で、ますます情報の信憑性は高くなった。
 けれど私はふと首を傾げたくなった。グウェンダル閣下のことを、どうしてニコラは「ヒューブの従兄弟の背の高い方」なんて言ったんだろう。決して間違ってはいない。けれどどうして、彼女がゲーゲンヒューバーさんを知っているんだろう?

 私がそれを指摘する前に、コンラッドが口を開いた。腕を組み片手を口元にやりながら。そうか次はどうすればいいだろう、そんな声が聞こえそうな表情だった。

「ではきみは、陛……ユーリ達の居場所を知ってるんだね?」
「少なくとも何処に連れて行かれるかは、判るわ。あたしもそうなるところだったから。正式に別れると誓えなかった場合……」

 ニコラはサイズの合っていない服に掌を擦りつけた。その様子を私もコンラッドも、いつの間にかヴォルフラム閣下も見守っていた。

「寄せ場送りにされてしまう」



       *       *       *



 やっと二人の居る場所を把握できた私達は、さっそく救出作戦に出ることになった。と言っても、陛下チームとグウェンダル閣下チームに分かれて行動するだけだけど。
 私はコンラッド・ヴォルフラム閣下と共に陛下チームに入ることになった。ニコラの教えてくれたのは、周囲にちゃんと育っている木さえろくにないような乾いた大地で、今夜すぐに助け出せるような近い施設ではなかった。だから本当の正念場は明日の夜だとコンラッドが言った。今は移動中だ。

 そして、私は今馬車の中にいる。荷物を積んでいる中に、ちょこんと。いつものパターンだと馬に乗って駆けているはずなのに、どうしてそうなったのかというと、ニコラが眞魔国に是非来たいと申し出たからだった。
 ヴォルフラム閣下は不機嫌さながらに反対したけれど、味方は少なすぎて、私とコンラッドが半ば押し切るような形でOKを出した。理由は大まかに分けて二つ、ニコラは情報をくれたから、陛下ならそう望むだろうから。まぁ、私は人情にやられて、ていうのもこっそりあるけど。

 そんなわけで、ニコラは今馬に乗れないそうなので、一緒に馬車に乗った。どうせ一人乗るんだし、君も女性なんだから、今のうちに休んだ方がいいとコンラッドに言われたりして。もう、また女扱いなんだから…。

 馬車の中で私とニコラは随分打ち解けた。陛下に仕えるようになってからこっち、新しい女の子の友達ができるのは初めてかもしれない。別に不満はないけれど、友達の輪が広がるのはもともと旅の醍醐味だと思っていたから、ちょっと嬉しいな。

 そう思っていた矢先の会話。
はいろんな所に行ったことがあるの?」
「うん。人間の土地も、結構あるよ」
「そうなの! 一人旅って大変じゃない? ヒューブもあたしにいろんなことを話してくれたわ。眞魔国のこともたくさん」
 え、お知り合い?

「ね、ねえ。さっきから気になってたんだけど、ゲーゲンヒューバーさんとはどういう……」

「あ! あのねあたし、そのー」
 急に恥ずかしげな表情になって、ニコラはぽつりと漏らした。
「お腹にヒューブの赤ちゃん、いるのよ」

「へーあかちゃんかー。って……えぇっ!?」
 嘘でしょ? いきなり何の話!?
「やだ、そんな大きな声を出さないでよっ。照れちゃう♪」
 思わずぴしりと固まった私をどう思ったのか、彼女は大きく片手を振りながら明るい声を出した。て、てれちゃうって……っ。
「じ、じゃあ恋に落ちた相手の魔族って言うのはっ」
「そうなのよー」
 そんなあっさりと。

 この会話がきっかけとなって、しばらくニコラの熱愛するヒューブさんの話題に花が咲いた。といっても、私はほとんど聴いていただけだけどね。二人の馴れ初めから始まって、今に至るまでを詳しく。
 つーかニコラさん。あなたが手配書に載っていたお尋ね人だったんですか。その上無銭飲食で捕まった人違いならぬ魔王違いだったって……。
「それじゃ、魔笛は見つかったの…?」
「ええ。ユーリに渡しちゃったから、ここには無いけれど」
 どこか心配そうな顔をしながら彼女は呟いた。自分のしたことが正しいのか悩んでいるみたいだ。でも、実はベスト・チョイスだけどね?

「もう、あたしの事はいいのよ!」
 不安を振り切るようにぎゅっと目をパチパチさせると、ニコラは打って変わって興味津々で私に質問しだした。
「それよりは、好きな人はいるの?」
「へっ?」
 毎度毎度とは思いつつも、間抜けな声を出しちゃった。久々のなぞなぞだ。何ですか皆さん、そんなに私の行く末がシンパイですか?

「さっき一緒にいた茶髪の人なんか素敵よね。あの人とか?」
「だっだからコンラッドとは別にっ……」
「そうなの? ふーん」
 わ、なんか信じてない、この目。なんで? 私は、ホントの事を……。しかも真顔のはず……。

 もう興味がなくなった振りをしてニコラは続けた。
「さっきは驚いたわよね。あたしに向かってユーリって声を掛けたんだもの」
「あ…それはそうだね…」
 私も気になってた。コンラッドに限ってあんな勘違いをするだなんて。

「でもそれが却って近道になったわね。だって、調べる時間が省けたんだもの。すごく不思議。そう思わない? 。まるで、見えない力に導かれたみたい」
 ……。

「あたしには恋愛って感じの印象は受けなかったけど、きっとユーリのことがすごく大事なのね!」
「…―――うん」
 気がつけば私は少しだけ微笑みながら頷いていた。それはよく知ってるわ。きっと、私が一番。
 初対面のときも、今も、彼が向ける陛下への、陛下の魂への視線はとても真っ直ぐだ。だからこそそれが悲しそうだったり、穏やかだったりするのよね。

 すごく綺麗なの。だからときどき、妬けたり――――

 え?
「ねえ、もし好きな人ができたら、あたしに教えてね! 応援するから!」
「え、あ、うん」
 私、今何を考えてたの……?

 思案と現実が急に混ざってぼーっとなった私の耳に、ニコラの一言がやけにはっきり入ってきた。
「でも今のうちに一つだけアドバイスしちゃう。できるだけ隠し事をせずに、打ち解けて話し合える人とがいいと思うわ。あたしとヒューブみたいにね♪」
 そして、ぼんやりしたままの頭で考える。



       *       *       *



 隠し事……?

 隠し事をしているの、私の方だ。
 言えるわけないよ。嫌われるのが怖いもの。


 チカラ。私の本当の『力』――――。


 それなら恋人なんて作らない方がいいね、私。
 友達とか、無難な知り合いばかりにしとかなきゃ。それなら傷付かないもの。
 幸い寂しいとか思っているわけじゃないし。それでもいいじゃない。ね?


 だから、そんなにコンラッドの影をちらつかせないで。










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  ★あとがき★
  なんだかニコラちゃん尽くしな回でしたねー(笑)
  ヒロインより天然な気がする…。こんなキャラでしたっけ。似ているんだろうか。
  かなりヒロインに影響を与えたようです。これからどうなるやら。ハラハラ。

  おそらく後二話で魔笛編は終了です。
  ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
  ゆたか   2005/06/18

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