「おまじないだよ」
 そう言って人差し指でおでこをつんと突いてあげると、彼女はびっくりした顔になった。



   【夜半の目覚めに】





 なんというかもう、半分はお馴染みのコース。
 私と、丸サングラスと明るいピンクの毛糸の帽子と杖で変装をした陛下が乗った船には既に、コンラッドと腰に手をやったヴォルフラム閣下がいた。
「遅いぞユーリ!」
「……な、なんで?」
「ぼくはお前の婚約者だから、旅先でよからぬ恋情に巻き込まれぬように、監督指導する義務がある! そうでなくてもお前ときたら尻軽で浮気者でへなちょこだからな」
「……へなちょこ言うな」
「すいません、この調子で押し切られてしまって」
 マイペースにコンラッドが謝罪する。でもあんまり申し訳なさは滲んでいない。

 お馴染みでないもう半分というのは、まず、今回の旅はギュンターさんに承認されていないということ。陛下が手紙を残してきたらしいけれど、納得するかはちょっとわからない。置いてけぼりにされたと思われたら、後でどんだけ嘆かれるやら……。

 そしてもう一つ。
「それよりも俺は、陛下の作戦のほうが衝撃的でした。トランクの中に女性を隠すなんて、醜聞まみれの役者みたいですごい」
「完璧だと思ったんだけどなぁ」
 このメンバーの組み合わせは以前にもあったけれど、今回はこれに新たにもう一人加わることになった。五人旅だ。
 はたしてそのゲストは。

「暗殺者じゃないですか!」
 トランクを開けたコンラッドは、怒ったような笑ったようなリアクションをした。厳密にいうとたぶん笑ってる。けれどさすがの彼にも予測がつかなく、大きな声になったのだ。

 そう、陛下が連れてきたのはあの褐色肌の女の子。
 女性が一緒の方が子供も安心できるだろうと言われ、牢屋から出すのには私も一枚かんだ。いわば「敵側」である刺客をどうして同行させたかっていうと、それはギュンターさんから守るためだったりする。だっておれ関係であの人が壊れたら周りは危険ゾーンになるもんね。陛下からそんな風に理由を聞かされて、私も正直納得した。

「信じられない、二人とも見張りに何て言ったんだか!」
「「 親子水入らずで話したいって 」陛下が 」
「それじゃ認めたも同然だ」

「いったいどこまで間抜けなんだ。どこの世界に命を狙ってきた犯人と仲良く旅するやつがいる?」
「ここの世界に一人。悪かったな間抜けで。けどさ、どうしておれを殺そうとしたのかも、誰から徽章を貰ったのかも聞き出せていないんだぜ? 自分がなんで小学生に狙われたのか、知らないままでいられるか? おれは駄目。おれはちゃんと聞きたいの。なのにまだ名前も聞けてねーの」
 畳み掛けるように言い切ると、陛下は女の子の方に視線を動かした。さっきコンラッドによって鞄から出されたその子は、陛下の傍に座り込んでいた。細かいウェーブの髪が風に揺れている。

 彼女は船の手摺を両手でしっかり掴んで空を睨んでいた。
 誰のことも見ないし話さないけれど、その空気だけで周りを拒絶していた。私達を、というか、まるでこの世のすべてを。陛下はそれでも敢えて名前を聞き続けてみたけれど。

「なあ名前ェ、教えないと勝手に見た目で呼ぶぞ? 即席麺とかマルチャンとか、って言っても元西武のマルティネスのことじゃないけどね」
 なんですかそれ。
 それでも小さな刺客さんは返事をしなかった。冬風に当てられながら、微かに身体を震わせて。

 あれっちょっと待って。
「ねえ、大丈夫?」
 自分もしゃがみこんで、有無を言わせず女の子のおでこに触れる。その掌から伝わったのは、平常ではない体温だった。
「熱がある……」
「熱!? じゃあ温泉に入れないんじゃないの!?」
 陛下は驚いて目を見開いた。温泉、というのは、今から向かう場所がヒルドヤードの港町、シルドクラウトの温泉地なのだ。一日浸かれば三年長生き、二日浸かれば六年長生き、三日浸かれば死ぬまで長生きという、なんだか嘘っぽいけどありがたそうなお湯が豊富に湧き出ている。

 コンラッドが温泉について注釈を加える。
「なにしろそれが効くんですよ。瀕死の重傷を負った俺の父親が、そこの湯を飲んで回復したって話ですからね。俺自身利き腕の腱を痛めたときに、半月滞在して完治させました。捻挫の後の踝の強化なら、十日もすれば前以上に丈夫になるのでは」

「いいねえ前以上。じゃあ肩まで浸かればロケットアームになれるかな。頭まで潜れば知能指数も上がるかな?」
 無邪気といえば無邪気な発言に、彼はいつものように爽やかに笑って答えた。
「今のままで充分。とにかく、二晩眠ればシルドクラウトだから、船室で大人しくしていましょう。発熱中の子供もいれば、例によって船酔いの大人もいるし」
 言われてみて振り返ると、ヴォルフラム閣下が涙目で船縁に顔を埋めていた。相変わらず。

「そうだね。じゃ、中に入ろうか」
 寒そうなので、私は自分の上着を女の子にかけてあげた。彼女はちらりとこちらを向いたけれど、またそっぽを向いてしまう。
 うーん、気にしない、気にしない。



       *       *       *



「別にコンラッドもついて来なくていいんだよ?」
だけじゃ危ないじゃないか。もう夜も遅いのに」
 薄暗い廊下を進みながら、彼はにっこり笑ってそう言った。でも、肩は抱かなくてもいいと思うんだけどな……。朝トレの名残?

 なんとなく予想はしていたけれど、暗殺者の女の子は、私達が触れようとするのを固く拒んだ。だから治癒術も満足に使えず、時間に任せて治すしかなかった。出発してから約半日経った今晩、その子は熱にうなされている。私とコンラッドが部屋を出たのは、医務室に子供用の薬を貰いに行くためだった。

 彼が持っているカンテラが行く手を照らす。柔らかな光を見つめながら私はつい、独り言を漏らしてしまった。
「あの子、なんだか寂しそう」
「どうして?」
「そんな感じがする。まぁ、周りは会ったばかりの人しかいないんだから、当然かもしれないけど」
「……じゃ、なぜあんなことをしたのかな」
 それを言われちゃ取り付く島は無い。計画的な殺人(未遂)を許す法律は、どこにもない。

「コンラッド、あの子の事怒ってる?」
「怒ってはないさ。ユーリを傷付けるにはあまりに拙いし、実際に指一本触れられなかったし。……でも、もしも何かあったら、許さなかっただろうな」
 冗談ではない響きに私は思わず苦笑した。コンラッドは陛下を守るためなら、本当に何でもやるような気がする。地球のアメリカで、瓶に入っている魂に、それを誓ったはずだから。
 それでも、命は大切にしてね?

「それはまた真剣なことで」
「あ、もちろん対象がの場合でもだけど」
「そんなフォロー要りませーん」
「……そう?」

 彼が灯りを急に下げたので、視界が暗くなって反射的に立ち止まってしまった。
「あれ?」
 目が慣れるには少し時間が掛かる。その隙にコンラッドがかがみ、私の顔を覗き込む気配がした。
 唇に温かいものが触れた。

「……ふ」
 この間、約五秒。びっくりして息を止めてしまったので、彼が唇を話した瞬間、軽く咳き込んだ。
「ごめん、急にキスしたくなったもので」
 あっけらかんとした言葉ではっと我に返った。今、私、やっぱりキスされたの!?
「…も、もうコンラッド!///」
「ごめんごめん」
 笑いながらじゃあ説得力以前の問題。というか、どちらにしても私が損してる気がする。悔しいのでとりあえずふてくされてみる。

「真っ暗だし」
「ごめんごめん」
「いつも不意打ちだし」
「だからごめんって」
「……しかもいつも謝ってるし」
「……あまりにも君が赤くて可愛いものだから」
 理由になってないよ、それ。恥ずいし!

 相変わらずニコニコしている彼に戦意が萎えてしまって、顔を逸らして嘆息した。偶然後頭部が彼の肩に当たったので、そのまま軽く寄りかかってみた。せめてこれぐらいは許して欲しい。
 体勢的に、お互いに表情はわからないはずだった。だからこっそり考えられる。
 素直になれないなぁ。コンラッドが想いを伝えてくれてから、もう四ヶ月が経つのに。

。腕、絡めてみる?」
「……やっぱり懲りてない」
「懲りる理由はないからなあ。味を占めるならともかく」
「……どういう……」
 この人って、最初からこんな風だったっけ?

「ところで、さすがに歩かなきゃまずいと思うんだけど」
「あ! いけない、薬っ」
 まだ貰ってさえもいなかった。コンラッドは私からは遠い方の手でまた道の先を照らし出して、私も重心を直して足を踏み出した。彼から離れた頭が少し冷える。

「陛下たち、待ちくたびれてるかな。どれくらい時間が経った?」
「さあ。楽しかったから、結構長いかもしれないな」
 また笑いながらコンラッドは言った。本当に爽やかだ。言っている内容は何気に黒いんだけど。それとギャグは寒いんだけど。
 医務室に着く直前、彼はふと思いついたように声を漏らした。

は楽しかった?」

「え」
 一瞬だけ静かだった。ひどく簡潔な質問なのに、理解するのに時間が掛かった。
「な、何が?」
「さっきの、キス」
「た、楽しいって……っ」

 ドアの前まで来た。
「ああ、それじゃあ、良かった?」
 そんな、間近でにっこりとされると――――

「良くなーいっ!」
 結局恥ずかしさに打ち勝てなくて、勢いで扉を開けると、医師らしき人が驚いた顔で立っていた。それでも口元に人差し指を当てて「静かに」のポーズ。カーテンで仕切られていたの姿形は判らなかったけれど、誰かが眠っていたのだ。
 あーもう!



       *       *       *



 熱冷ましと氷を貰って客室に戻ると、こちらでも一騒動(?)が起こっていたみたいだった。
 部屋を出たときには眠っていたはずなのに、いつの間にかヴォルフラム閣下も目を覚ましている。陛下とアサシン少女はベッドの脇に立っていて、それどころか手を取り合っていた。

 え、手を!?
「……いったい、どーいうシチュエーションなんですか?」
「えっ、あーグレタを立たせようと思って……」
「――ぐれた?」
 初めて聞く単語を陛下に問い返そうとする前に、女の子が小さく口を動かして何事かを呟いた。その目はいっぱいに開かれていて、昼間よりもよっぽど子供らしかった。

「からだ、かるい」
 彼女がまた呟く。今度ははっきりと聞こえた。私は慎重に尋ねる。
「軽い? 体が?」
「うん。どうして?」
 呆然としているけれども毅然とした姿に、私も首を捻りたくなった。近寄って確認を取ってみても、明らかに熱は下がっていた。いくら安静にしていたって、短時間じゃ引くはずもないのに。
「……嘘」
 本当に、どうして?

「陛下、何か術を使ったんですか?」
 灯りと氷を机の上に置いたコンラッドが、手を差し出して私の熱冷ましを渡すよう促しながら言った。もう使用する必要がないからだ。
「術? 何言ってるんだよコンラッド、おれに魔術は使えないってェ」
「あっ! 治癒術!」
「のわっ? れ、さん?」
 ピンと閃き、やっと合点がいく。考えてみれば、陛下ほどの魔力の持ち主なら当然のことだった。
「なーんだ陛下、治癒術を使えるようになったんですか?」

「え、だから使えないって」
「使えますよ。さっき手を握ってたでしょう? あの状態で病気が治るって心の底に語りかければ」

「まじゅつ、なの?」
 説明を遮って女の子が尋ねかけてきた。さっきよりは落ち着いているみたいだったけど、目はパッチリと開いていた。よい子は早く寝なきゃ駄目だよ。
「そうよ、病気や怪我を治せるの」
「……じゃぁ、あれも」
 彼女は自分のおでこと私を交互に示しながら言葉を探す。けれど私にはすぐに判った。


 それは、彼女を牢屋から連れ出すときに少し使った、暖色系の『力』。
『おまじないだよ』
 そう言って人差し指でおでこをつんと突いてあげると、彼女はびっくりした顔になった。


 一番好きな特技。
「――そうだね。あれは、『元気なオレンジ』っていうんだよ」










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  ★あとがき★
  どう考えてもコンラッドが一人で医務室に行けば済む話なのに(現に原作ではその設定)、
  わざわざヒロインと連れ立っているのは、明らかに管理人の陰謀であります( -_-)フッ
  夜の廊下で何やってんだという気もしますが、まさか客室内ではいちゃつけませんもんね。
  なかなか積極的になれないヒロイン。頑張れ、あれでもコンラッドは多分待っているつもりだ!

  ところで船の医務室ってどんな感じなんでしょうね。
  わからないので、とりあえず保健室のイメージで書いてみました。だからベッドもあるんです。
  ちなみに異世界の熱冷ましがどんな材料でできてるのか、ちょっと興味はあります…。

  次回は…どう考えてもあのシーンですか(どれ?)
  ちょっと書きにくいーのが続く…。心臓がもつよう薬でも飲むべきかな。

  ここまで読んでくださってありがとうございました!
  ゆたか   2005/10/27

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