「元気? オレンジが?」
「はい閣下。『元気なオレンジ』です。……ほら、こうやって」
人差し指を立てて、その先っぽを豆電球みたいに光らせる。元々明るい部屋の中でもわかる程度の強さだ。それを見たヴォルフラム閣下は目をまん丸にした。女の子も食い入るように見つめている。
陛下が、捻挫した足に体重をかけ過ぎないように気をつけながら、感心したような声をあげた。
「それ、面白いよなあ。なんかETみたいで」
「……なんだ、そのいぃーてぃーというのは?」
「映画に出てくる宇宙人だよ。光る指先に触ったら自転車が飛ぶっていう」
「へえ、それは面白そうですね」
「だろ? コンラッド」
自転車を飛ばせるなんてすごい宇宙人だ。ネコ型ロボットと、どっちがすごいかな。
「これは、光るだけで癒しとかの効能はないんですけれど、なんだか手品みたいで楽しいでしょ?」
「そうだな!」
人知れず女の子が俯くのが見えた。こっちだけで盛り上がっていたのがいけなかったらしい。彼女がまた寂しそうに映る。アサシンになろうとした小さな子供が。
光らせたままの指で深く考えずに、牢屋にいたときみたいに、彼女のおでこを軽く突いた。また顔を上げる女の子に、笑って言う。
「あったかいでしょ」
彼女は躊躇ったあと、低く短く応じた。
「……うん」
違うんだよなETはデコじゃなくって指タッチなんだよと、なぜか残念がる陛下が、視界の端にいた。
そしてその場は一旦お開きとなって、朝に続く。
【のどかな船の中に】
一騒動があった夜が明けて衝撃だったのは、船のあちこちに行くたびに聞こえよがしに囁かれるゴシップだった。
「あー。こんなに噂になってるなんて」
「モテモテですね、坊っちゃん」
「意味が違うだろ」
あくまで針のように刺す視線に気づかない振りをしている陛下は、それでも口元は一文字にして唸る。使い慣れてきた喉笛一号をついて、私とコンラッドと一緒に客室に戻る途中だ。
こうなった原因は昨晩のこと。
私とコンラッドが医務室に行っていた間、陛下は女の子――後で名前がグレタちゃんっていうのを聞かされました――に色々話しかけようとして、失敗したらしい。すごい怯えられてしまって大きな声を出されて、不審に思った船員さんまで来られてしまったようだ。
児童虐待か暴力亭主(?)かの誤解を解こうにも、グレタちゃんはベッドから転げ落ちてうずくまったままで、説得力がない。業を煮やしてしまった陛下はついに「オレの隠し子」発言をしたうえで、畳み掛けるように追い払ってしまった。そしてそれが、朝ご飯を食べようとダイナーに向かった頃には船中に伝わっていたってわけ。
つまり、問題にされてるのは、夜中の廊下で喚いた恥ずかしい女の話ではないってこと。
「あぁ良かったな〜」
「よかないって! これじゃ平和にメシも食えないよ!」
陛下がぐったりと客室のベッドに突っ伏しながら叫んだ。今、到着したばっかりだ。
スキャンダルの主役である陛下は、さっきもすれ違ったおばさん達に好奇心の目を向けられていた。どうして顔がばれちゃってるんだろうね。自分で蒔かれた種とはいえ、ちょっと同情する。
若いのにすごいわと変に感心されたり、「隠し子」のもう片方の親を推測されたり。
「が母親役だなんてね」
「こ、コンラッド……。やっぱりお、怒ってるんだよ、な?」
「まさか。誰に、なぜ?」
口元を思いっきり引き攣らせて尋ねる陛下に、コンラッドはいつも通り爽やかに笑った。よく見ても、怒っているようには感じられない。本当の事じゃないから別に私は迷惑ではないし、陛下もそんなことを気にしなくてもいいのに。
それより私は、コンラッドの片親疑惑、の方が嫌かなぁ。
「いーや、その顔は怒ってる!」
「腹ばいになって顔なんて見てないくせに、どうしてそう思うんですか」
「オレにはわかるんだって!」
いまだ続く話題を聞き流しつつ、私はグレタちゃんの様子を診るために少し移動した。グレタちゃんは隣に寝そべる陛下と、コンラッドのやり取りをぼうっとした表情で眺めている。昨日のような刺々しさや拒絶は感じられない。心境でも変わったのか、熱にうなされて元気がなくなったのか。
まあ陛下が治癒を施したから、もう体力はほぼ回復してきているけどね。
「よし、大丈夫だね」
彼女のおでこに手を当てると、案の定平熱だった。安堵して短く呟くと、グレタちゃんは今気がついたように、ゆっくりと視線を動かした。その瞳にはまだ好意らしきものはないけれど、やっぱり暗い影もない。そして一言こちらに語りかける。
「……あっちは大丈夫じゃない」
「え?」
陛下ががばりと体の向きを変え、とても苦い顔で訴えかけてきた。
「さん! 心配なのはわかるけど、そうやってたら余計に若いママさんっぽくて……うわ」
「怒ってませんって」
宥めるようにコンラッドが静かに話しかけ、振り出しに戻る。陛下はまだ気にしているようで、枕で頭を隠してしまった。いつまで続くのかな、これって。
あっ、こっちも大丈夫じゃない。
「おまえら、さっきからうるさ……うぷ」
「わーっヴォルフ、吐くなッ! せめてエチケット袋どこだ!」
ヴォルフラム閣下は今日もずっと船酔いと格闘みたいだ。
* * *
しばらくはヴォルフラム閣下の介抱で時間がつぶれた。閣下の船酔いは本当に手強いわ。どんだけ吐いてもよくならないし。三半規管って、どうやったら強くなるのかなぁ。
「退屈ですねー」
「いや、言ってることちぐはぐだから」
時は既に夕方。あと一回寝たらヒルドヤードだ。とはいえ人の目を気にしてあんまり外には出られないし、やることをやってしまったら暇だったりする。
「だって今、閣下は眠っちゃってるから、仕事がないんですもん。あ、リンゴでも食べます?」
「……いいよ、食欲ないし」
皮むきするのは結構好きなのに残念。答えた陛下は、ベッドの縁に腰掛けている。ちなみに、私はその右隣に座っている。母国の王様と相席。今更だけど、これって本当はかなりスゴい事のはずなんだよね。ずっとスルーしてきたけれど。なのにもっともらしい感動が湧かないのは、何故だろう。
「本当には強いな」
部屋に備え付けてある机とセットの椅子に腰掛けて読書していたコンラッドが、苦笑してこっちを振り向いた。彼の動きに合わせて椅子がギシッと鳴る。
「え、強い? こーいう場合、女性に強いって言うもんかよ? もっとさあ……」
「でも陛下、前も似たようなことを言われましたよ」
「……そうなんだー。いつ?」
問われて瞼の裏に浮かんだのは、砂漠の夜に見た炎と夢だった。あのとき彼は、混乱ていた私が抱きついたままにしてくれたっけ。髪を撫でて、抱きしめ返してくれた。その様子を実は周囲の人たちに見られちゃったんだけれど。
でも温かかった。
いつ思い出しても照れてしまう。でもこんな恥ずかしい話、どうやって説明しよう……。
「退屈だったら、何かここでできる遊びでもしてみたらどうかな」
「おっ、いいねー。野球はできないけどね」
考えあぐねていた私に助け舟を出したつもりかは判らないけれど、コンラッドの提案のおかげで質問に答えずに済んだ。グッドタイミング。
「陛下、どんな遊びがあります?」
「そーだな、あんまり体は動かせないし、しりとりとか」
「じゃそうしましょっか。コンラッドとグレタちゃんもやる?」
少しでも人数があれば楽しいと思って訊いてみると、
「俺は聞いてるだけでいいよ」
「……やってみる」
コンラッドはともかく、グレタちゃんが誘いに乗ってくれて嬉しかった。やっぱり子供だから遊びには眼がないのかな? ちなみに彼女は向かいのベッドの上に体を起こしている。
淡々と話は進む。
「最初はやっぱり『しりとり』からですかー?」
「もっちろん。誰からやる?」
「うーん、誰でもいいけど、じゃ陛下から。提案者からお先にどうぞ」
「オッケー、そんじゃ時計回りな」
具体的にいうと、陛下、グレタちゃん、私の順番。
ということで、スタート!
陛下(以下陛)「『しりとり』」
グレタちゃん(以下グ)「…『リス』」
私(以下も私)「す、『杉』」
陛「ぎ? うーん、ぎ、ぎ『ぎょうざ』」
私「……地球ネタですか」
グ「ギョーザって何?」
私「中国っていうところで伝わる料理名よ」
陛「さっすが中国帰り!」
グ「ザ……『ざる』」
私「るー。『留守番』。あー! ンが付くからやっぱ『留守』!」
陛「お約束だな。『筋子』」
あれ美味しいですよね。
グ「『こうのとり』……」
私「ふふ、『リンゴ』」
陛「さんリンゴ好きだねー。『ゴリラ』」
グ「『落書き』」
私「卵の『黄身』」
陛「み? みかん、は駄目だからっ……『溝』」
グ「『ゾモサゴリ竜』!」
心なしか急に元気になったグレタちゃんに、私と陛下はちょっと黙る。けれどすぐに笑う。懐かしい言葉だわと。
陛「鳴き声なら得意だぜ?」
私「そーでしたね。えっとウだから、『海』!」
陛「またミかー。み、みー? みっみっ」
コンラッド「なんか小動物が鳴いてるみたいですね」
陛「――ゾモサゴリ竜とか?」
…………
…………
時間潰しの割には結構盛り上がって、夕食を食べて(またヴォルフラム閣下が戻しちゃって……)からもまた再開したくらいだった。そのときにはヴォルフラム閣下も交えて。
しりとりなんて、成長してからはめっきりする機会が減ったけれど、それでもたまにはいいんじゃないかなって感じた。国境の外れに住むブランドン達と遊んだときのことを思い出したりもした。ちゃんと元気にしてるかな。帰ったらまた会いに行ってみようかな。
――明日はやっとヒルドヤードだ。いや、今ので、あっという間にって感じかな?
今夜はグレタちゃんも、よく眠れるといいね。
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★あとがき★
今回はコンラッドとの絡みが少ないですね。…船中が噂する隠し子親子の話?(欧)
ま、五人一緒の部屋だから、もともとそんなにイチャつけませんけどね。
前回のあとがきで書いていた、取っ付きにくいエピソードには辿り着けませんでした。
だらだらしてたら中途半端なとこにきたので、急遽しりとりなんてさせてみた次第です。
ヒロインがしりとりやっちゃうキャラで良かった(笑)
異世界で(言語の問題で)しりとりが可能なのか判んなかったですが、その辺は強引に。
あと、どうしてもゾモサゴリ竜という単語は言わせたかったです(笑)
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
ゆたか 2005/11/13