【ロマンなしに】





 目の前にうなだれた二人の旅行仲間がいる。一人は国唯一の指導者で、もう一人は彼を暗殺しようとした過去のある女の子だ。どちらもなんとも言えない気まずそうな顔をして、こっちを見てる。

 私は今苦いものでも食べている気分だった。でも怒っているのだから仕方ない。
 照明がこぼれてくる寒い外に私達はいた。ヒクスライフさんはもう店内に入っているけれど、なぜかガラス越しにこちらをうかがっている。そんな状況の中、先程から組んだ腕はそのままで、口を開いた。

「つまり、グレタちゃんの知り合いを捜そうとしたら、偶然ヤバいものを発見して、ここに監禁されたと」
「ハイそうです」

「誰にも相談せず、二人で」
「ね、寝てると思って……」
 陛下はさっきからめちゃめちゃ動揺している。いきなり私が自分のキャラを無視して一喝したからよね…。声音も硬い。

 冷気を急に感じて、私は小さく身震いをした。あらかた事情は聞いた。少しは溜飲も下がったし、もう潮時かもしれない。慣れないことだし。
「……はぁ。もういいです。後は閣下にでも続けてもらってください」
「げ」
「それとグレタちゃん」
 名前を呼ぶと、彼女は目を見開いて姿勢を正した。きっと睨まれると思ったのだろう。ほんのちょっぴりだけ口調を和らげて続きを言う。
「勝手にいなくならないで。心配したんだから」

「……ごめんなさい」
 グレタちゃんは小さく答えて俯いた。とりあえずは反省しているみたいだ。この子に関してはこれで許すしかないでしょう。だって、保護者がいたんだから。
 陛下にはなんだか申し訳ないけれど。

「もし、話し合いは終わりましたかな?」
 ヒクスライフさんが、扉を少し開けて問いかけてきた。手招きをされたので私達はぞろぞろ中に入る。女の私にはあまり感心できない場所だけれど、そこから心地よい暖かい空気が出迎えてくれた。

 室内の隅に寄って、ヒクスライフさんは語りだした。
「スケ・嬢に再会してから考えていたのですが」
 …いつの間にか私の名前が変わっている。さっき陛下が私を呼んでいたのを聞いたかららしいけれど、どうしてもスケが消えない。こりゃダメだわ。

「いえ、いいです、ただので……」
「……そうですか。実は、嬢にお会いした時点で、私は密かに、ミツエモン殿、貴方が現れるのを期待していたのです」

「え、おれが? なんで?」
 陛下が目を丸くする。ヒクスライフさんは一つ頷いて、先を続けた。

「これから私が臨む談合に、出席して頂きたいのです」
「えぇっ!?」

「貴殿はおぞましい海賊どもから皆の命を救った聡い方だ(夢本編では第八話『子守唄』参照)。その知恵を是非お借りしたい」
 陛下は慌てていろいろ理由をつけて辞退しようとした。あの時本人は上様モードになっていたから、助けたなんて言ってもそのことを覚えていない。だからこそますます断ろうとしたけれど、ヒクスライフさんは簡単に引き下がるような人ではなかった。
「お願いします!」

 結局、陛下はすぐに商談の場へ向かうことになった。押しに押され、ついには何も言えなくなる陛下のお姿は、なんだかすごく…同情を誘う。やっぱり少しはヴォルフラム閣下の抗議から守ってあげよう。

 そして気になっていた私達の処遇。
「ヒクスライフさん。私達はへ……坊っちゃんの、お傍にいても?」
 一旦宿に戻っても血相変えたコンラッドとヴォルフラムと一緒にまた戻ることになるだろうし、そうなるとグレタちゃんを一人にするわけにいかない。

 私の申し出に、ヒクスライフさんは躊躇いもなく返した。
「ええ、構いません。主人のことが心配でしょうから」
 取引成立だ。



       *       *       *



 その部屋は扉からして他と違っていた。豪華な金張りで、見たことのあるような熊に似た動物の絵が描かれている。

 皆の一番後ろから中に入ると、まぁ予想していたような内装だった。ここだけ装飾品で沈んでしまいそうなくらいにピカピカ。ソファーがすごく柔らかそう。奥の方にはボディーガードだって控えている。
 横の壁には部屋の主の肖像画(…いかにも美化されている)が掛けられていた。長い直毛を真ん中で分けたおじさん。額の下には「世界に名だたるルイ・ビロン氏」と書かれたプレートがあった。
 ルイ・ビロン……。

「元気そうで何よりだヒクスライフさん」
 視線を前に戻すと、本人が訪問者を物色するような目付きでこちらを見ていた。特にヒクスライフさんの真横に堂々と立っている陛下を重点的にだ。私やグレタちゃんは、後ろの陰に隠れているからか、そんなに視線が当たらない。

 ヒクスライフさんが代表して挨拶し返した。
「ビロンさんも益々商売繁盛のご様子ですな。ああ、こちらのお方はエチゴのチリメン問屋、ミツエモン殿。まだお若いがひとかどの人物でして、私などは早くも頭が上がりませぬ。是非ともご意見を伺いたく、この交渉に同席をお願いしました」

「たっ、タダイマご紹介に与りましたミツエモンです」
 陛下が慌てて偽名を名乗る。ルイ・ビロンはまだ陛下を観察している。まるで自分の利益になるかどうか見極めるために。いや、この人は商売人だから、実際にそのつもりの可能性が高い。
 そこまで考えたときだった。

『その「力」、失くすには惜しいと思わないかね?』

「(ぁ)」
 耳にあるセリフが蘇って私は目を見開いた。

 状況を忘れそうなほどに頭の中が空っぽになり、代わりにずっと忘れていた記憶で占められる。本当に思い出すのは久しぶりのことだった。そんなに楽しい思い出じゃなかったし、ここ最近は回想する機会もなかった。

 それなのに、よりにもよって今このときに。

「まぁ皆さん、まずは座りませんかな?」
 ルイ・ビロン氏がやんわりと椅子を勧めた。私以外の三人がゆっくりと移動する。私は呆然と立ち尽くしたままだ。そのとき視界が開けたので、私とルイ・ビロン氏の視線がまともに合った。
 豪商の目が一瞬だけ光ったのを、何かの勘違いだと思いたかった。



 この地区の所有者が現在の者(=ルイ・ビロン氏)に変わってからというものの、雰囲気ががらりと変わってしまった。
 ガラの悪い者が集まるようになったり、明らかに未成年の女の子にまで客を取らせたり、相当ひどい有り様だ。先程は自分の知人(=私)も危ない目に遭いかけた。今夜からでも、事業の形態を改めてもらえまいか。

 ヒクスライフさんの話の趣旨をまとめると、だいたいこんな感じだった。つまり、あくどすぎる商売に対する怒りの抗議だったというわけ。

 ルイ・ビロン氏はあくまではぐらかしていた。曰く、何を言い出すやらさっぱりぽん。ヒクスライフさんもとうとうキレる。
「ここまで言っても改める気がないのなら、仕方がない。その権利書を手放してもらうほかはあるまい」

「ほう。どのような条件を提示するおつもりで? ヒクスライフさんの家の財産を積まれても、お譲りするつもりなどさっぱりぽんですが。金などこの先いくらでも稼げる。そんな在り来たりなものでは動きませんよ」
 そこまでルイ・ビロン氏が言ったときだった。ずっと沈黙を続けていた陛下が突然口を開いた。
「じゃあ、ギャンブルすれば?」

 二人の商売人は一瞬黙る。そしてやがて躊躇いがちにヒクスライフさんの方から質問がきた。
「それはどういうことですかミツエモン殿?」
「だって元々、賭けに勝って手に入れた権利書なんだろ? だったらまた賭事で勝負して争えばいいじゃん」

「なるほど、お育ちの良さそうな坊ちゃんだと思っていたら、考え事もやっぱりぽんですな」
 ルイビロン氏は鼻を鳴らしそうな表情で笑う。
「博打など経験がないのでしょう。こちらが金で頷かない以上、西地区の興行権に見合うだけの高価なものが必要となる。そう簡単に見つかりますかな。おおそうだ、南地区の権利を賭けるおつもりなら、予めお断りしておきましょう。あんな風呂ばかりのつまらん土地は要りません」

「え、温泉パラダイスはヒクスライフさんが経営していたのか」
 陛下が素っ頓狂な声を上げる。
「こんな時にナンだけど、あの超きわどい海パンはどうにかなんねーかなぁ」
「おや、ご婦人には好評なのですが」
 私も「似合ってますよ」って言ったじゃん。

 と。話がちょうど途切れたタイミングに、新たな人物が入室してきた。部屋中の視線が集中する。
 あっ。

「おお、婚約者殿とカクノシンど……」
「ユーリ貴様っ!」
 ヴォルフラム閣下が、それはそれは憤慨している様子で、陛下の襟元を掴んで立たせた。

「ぼくという者がありながら、こっそり色町で遊びに興じようとは……お前ときたらどこまで尻軽なんだ!?」
「か、閣下抑えてっ。私やグレタちゃんもいるのに遊べるわけないでしょっ!?」
「うう、ヴォルフ、くるっ、苦し、息、息がっ」
「お陰でぼくがどれだけコンラートに文句を言われたか!」

「三種類だけですよ。マジで!? 気づけよ! 貧乏揺すりやめてくれ。これだけ。ほら窒息しちゃうから離れて」
 後から歩いて来たコンラッドが、彼の弟を陛下から引き離した。私をちらりと見て微笑する。ほっとした表情だった。かなり心配させちゃったみたい…。

「コンラッド」
「勝手にいなくならないでくれ。心臓が止まるかと思った」
 まだコンラッドに捕まったままのヴォルフラム閣下がじたばたと騒いだ。いいところなのに、ちょっとうるさい。
「おい! お前もお前だぞ! なんでユーリとお前とグレタの組み合わせなんだ! ますますぼくを差し置いて親子認知されちゃうではないかっ!」
「何言ってんですか、プーさん」
「プーじゃなぁい!」

 他の同室者の皆さんが唖然としている中で繰り広げられる会話。視界の隅では、ヒクスライフさんが陛下に「ユーリ」とか「コンラート」とかの名前の説明を求めている。コンラッドが今度はグレタちゃんの肩に手を置いて、何事かを言ってグレタちゃんの瞳を輝かせていた。

 そしてもう一方の隅では……。

 このすぐ後に起こる衝撃的な出来事に、私はまだ気づけないでいた。










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  ★あとがき★
  予定より短いかなとも思ったのですが、区切れの関係でこうなりました。
  まさか親子ネタがまだ続いてるなんて…(笑) 次男怒りっぱなしですね。

  次回はとうとうあの人が出てきます!(本当はもういるけど)
  ヒロインが何やら意味深な回想をしていますが、そのことも次回で出ます。

  ここまで読んでくださってありがとうございます!
  ゆたか   2006/06/04

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