これは、渋谷有利原宿不利による、ある一組の男女を身近な視点から観察した、ゆる〜くありがち〜な、それでいて家政婦チックな物語である。まる!



   【Look out for them!】





 今回この世界に来てから、早くも一ヶ月が過ぎようとしている。
 たとえマのつく王様であったとしても、やらなきゃいけない仕事はたくさんある。それでなくても新米で、ギュンターの熱心な教育には毎日鞭を打たれる思いだ。本当は打たれないけどさ。
 まあ、基本的に脳味噌筋肉族(略して脳筋族)のおれだから、毎朝のトレーニングは欠かさないわけで。


 #我らが紅一点の旅仲間、の場合#



「あっ陛下ー!」
 おれたちに気づいたさんが、ベンチから立ち上がって嬉しそうに手を振ってきた。朝のまだ冷気を残している風が、彼女の綺麗なオレンジ色の髪を揺らす。そしてその傍には用意された水差しとコップと白いタオル。いいねえー、異世界版・野球部のアイドルマネージャーみたいで。百歩譲ってサッカー部とかでも可。うちの勝利兄貴だって、彼女を知れば「おさげで眼鏡っ子マネージャー」にこだわることもなくなるかもしれない。
 これでフリーだったら、おれだって他の奴らと競ってでも近づこうとするのに。

「コンラッドも!」

 そう、さんには既にオトコがいる。護衛も兼ねておれと肩を並べて走っている青年、ウェラー卿コンラート、通称コンラッドの恋人だ。

 短い茶髪は周りに比べると地味な印象を受ける。でも小耳に挟んだ情報によれば彼は非常にモテるらしい。美しすぎず格好良く好青年で腕も立ち、それでいて過去になんかあり獅子の心を隠してるときてる。母性本能をくすぐるのかもしれない。そりゃ違うっか。
 実際におれが女だったら、こんな出来すぎた男はごめんだけどね。
 まあおれ自身の劣等感をかなりくすぐる説明はとにかく、二人並べば誰もが羨むベストカップルってわけだ。

 最初はコンラッドと二人で始めたけれど、途中でさんが朝トレに気づいて、一週間経った頃からゴール地点で待っていてくれるようになっていた。そのさんが言う。
「今日は少し早かったですね」
「そうかぁ? 出発したのが早かったのかも」

「いいえいつも通りでしたよ、陛下。あなたの速度が上がったんです」
「陛下って呼ぶな、名付け親」
「すいません、ついくせで」
 コンラッドが爽やかに笑いながら、素早く顔などの汗を拭き取る。いつも思うんだが、おれより体力があって楽々と走っているのに、そのタオルは役に立っているんだろうか。

 いつもならこんな調子でそのまま城に戻るのだが、今日はさんが一つ話題を出してきた。
「あっそうだ! 陛下、今日は私、外に出掛ける用事があるので夕方まで居ません」
「えぇ!?」
「何ですか陛下、ひょっとして残念ですか?」
 馬鹿言ってんじゃないコンラッド、そんな恐れ多い。
「ここぞとばかりギュンターのお勉強ビームがくるんだよ! 一人天下だから、それもみっちり」
「すいませーん……頑張って」
 ダメ出しのように謝れ、おれはうな垂れた。うう、勉強するしかないのか、苦手なのに。


 その日、結局おれは、目が虚ろになるほど王になるための訓練を積まされた。
 さんが帰って来てやんわり止めるまで。でも実はそのときに、一つ違和感を覚えた。その灰色の瞳は、なぜか曇っているように見えたのだ。



       *       *       *



「今日は朝から頑張られましたので、少し休みましょうか」
「そっかー、やったー!」
「…へいか…そんなに私と一緒はお嫌ですか……!?」
「え、いやそういう意味じゃ……」

 それから数日経ったある日、ギュンターから午後の休憩を許されたおれは、とりあえず中庭をぶらぶらしていた。踏みしめる土は少し柔らかい。手入れされた植物、緩やかな噴水。ああ落ち着く。


 #頼もしい護衛にして名付け親、ウェラー卿コンラート(通称コンラッド)の場合#



 と、前方にコンラッドが見えた。中庭から見える廊下だ。こちらに背を向けているので、おれの存在にはまだ気づいてないらしかった。
「あ! お〜い何やってん、の……」
 勢い良く手を振ろうとするとするも、最後の方は声が尻つぼみになってしまった。コンラッドの影になっている所から、誰かが駆けて行くのが見えたからだ。

 その人物の顔は見たことがなかったが、明らかに女の子だった。血盟城専用のメイド服を着ていたし。一瞬仕事の話をしていたのかと思った。けど口元に手を当てて急いで去る姿は、まるで……。

 ……。おいおい、ひょっとして泣かせたのか?

「あっ陛下、いたんですか」
 コンラッドがやっとこちらに気づいて、白い歯を見せて笑いかけてきた。いつも通りだ。おれは混乱して曖昧に笑い返す。
「何やってたんだ? 今の女の子、誰? だめだぞ浮気は」
「やだなあ、俺の愛する女性はだけですよ」
「……毎度だが、サラッと言うな、惜しげなく」
 あ、一句できた。

 一呼吸置いてから、彼は、単なる話し合いですよと言った。どうしても取って付けたような感じがする。怪しい。浮気は冗談だとしても――それは考えにくいし、何か裏があるんじゃないだろうか。

「ところで、そのを知りませんか? あなたと一緒にいると思っていたのですが」
「ああ。おれが休憩に入る少し前に自分の部屋へ戻ったぜ。今日はギュンターがいつもにましてハイテンションでさ、ちょっと手に負えなかったみたいだな。部屋の片付けでもして時間を置きますだって」
「そうですか。……あとで手伝いに行くとするか」
 コンラッドはちらりと優しい伏せ目をすると、まだ用事があるのでと去って行った。見送りながらおれはぼうっと考え込む。
 間違いなく浮気じゃない。だとすると、何だろう……。


 しばらく考えてみたものの答えを見つけられるはずもなく、結局おれも遅れてさんの掃除の手伝いに行くことにした。そのときにはすっかり勉強のことを忘れて。
 しかし。

「ちわーミカワヤでーす、じゃなかった、さんおれも手伝うことは……うお!?」
「へ、へいか。助けて」
「お前ら昼間っから何やってんだー!」

 ドアを開けたおれが見たのは、壁を背に固まっているさんと、彼女をしっかり固定して迫っているコンラッドだった。
 家政婦(と見せかけて魔王)は見たー!!



       *       *       *



 とまあこんな感じに、次第におれは二人から目を逸らすことが出来なくなっていた。
 これは余計なお世話なことかもしれない。でも好奇心があるのはおれの責任ではないし、むしろ権利があってもいいくらいだろう。だって二人とも確かに、おれの大事な知り合いなのだから。
 さんは何処に行って来たのか? どうして暗い顔をしていたのか? コンラッドはあの女の子に何かしたのか? というかあの女の子は誰なんだ?
 どうするユーリ!

「気になって夜も眠れなーい」
「なんだユーリ、眠れないのか!? それならぼくと一緒に……」
「聞こえなーい! 何も聞こえないからヴォルフ」
 だからそんな変に嬉しそうな顔はやめてくれよ!



       *       *       *



 転機は突然現れた。それは、前にさんが外出してから十日ほど後の、朝のことだった。
 いつものようにランニングコースをこなしたおれ達が戻ってくると、いつもと違う様子でさんが待っていた。正確には待っていたというよりは、待ち兼ねていたというべきかな。
 誰かがさんに必死な表情で詰め寄っていた。

「どうしたんだ?」
「あっ陛下……」
「え!? どうして陛下がこのような場所に……」
 そいつは明らかに狼狽した様子で敬礼したりおれとさんの顔を見比べていたりした。おれと似たような年頃の若い兵士だった。魔族は人間の五倍の寿命だから、おれよりは年上のはずだが。

「――あのいえ、ちょっとした、立ち話で」
 どっかで聞いたような理由だな。
「立ち話って、どんな?」
 横で見守っていたコンラッドが平常そうな口振りで尋ね、さんは困ったように黙り込んだ。なんか始まるぞ。昼ドラみたいな愛憎劇とか。

「閣下!」
 かなり戸惑っていたが、やがて立ち直ったらしい青年が真剣な面持ちで口を開いた。ただし、おれでもさんでもなく、コンラッドに向かってだった。ひたむきな視線で見据える。
 彼もさすが大人の空気で、淀みなく受け答えする。
「なんだ?」

「実は自分、……さんのことが好きなんです!」

「へえー、そうなん……えぇ!? ストレートだな、あんた!」
 ここには部外者もいるってのに、しっかりストライクど真ん中だ。おれ、人払いされた方がイイ!?

 驚きすぎて掻いていた汗もすぐに乾いてしまったようだ。さんは俯いて頬を染めながらも、どうしたものかと不安げに視線を左右させている。そしてコンラッドはと言うと。
「俺だって好きだよ」
 ……これまた、ストライクで。かわいそうにさん、今なら頭で湯が沸かせそうだ。

「…っ。でも! 自分もなんです。自分は頭の悪い下っ端兵士で、正門の警備もさせてもらえないけれど。さんが血盟城に出入りするようになってから見かけるようになって、というか一目惚れして」
 兵士は堰を切ったようにしゃべりだした。まるで口が止まらなくなったときのおれ自身を見ているようだ。
 ところでさっきこっそり逃げようとしたら、さんにしっかり袖口をつかまれた。一人にしないでと目が言っていた。わかるけどさーそれも。

「十日前についに外出から戻ったさんに想いを伝えたのですが、閣下の事を聞かされまして……。でも諦めきれなくて!」
 そうか、あのとき暗い顔をしていたのはこれか!
 思わず彼女の顔色を伺うと、さんは恥ずかしそうにしていながらも、あのときと同じ目をしていた。きっと振ってしまったことに罪悪感を感じていたのだろう。謎が一つ解けたぞ。

「ちなみに、あのとき何処に行ってたの?」
「え、ここから少し遠い村ですけど……。知り合いのおばあちゃん達に、どうしても来て欲しいと言われていたので」
「なんだ、これとは別件だったんだ」
 それにしてもおばあちゃんとは交友幅の広い。ツボ押しマッサージでもしてきたのだろうか。

 今まで息巻いていた兵士が、何を思ったのか、急に肩を落とした。足元の小石でも蹴りそうな雰囲気だ。小さく溜め息をつくと自嘲的な笑みを浮かべて呟く。
「……自分は本当に馬鹿ですね。もう本人に振られているのに、宣言なんかして」
 うーんそれは確かに。でも後悔しないプをするのは素晴らしいスポーツマンシップだと思うぞ。

「これだから、あの子にも……」
「……は?」

「待ってください!!」

 聴いた言葉を理解する間もなく、別の声が割って入った。振り返ると、おれが密かに問題にしていたあの女の子が立っていた。こちらも切羽詰った表情をしている。
 な、なんなんだ。

 その子はしっかりとした足取りでこちらに近づくと、兵士に向かって怒ったような声を出した。
「何をやってるのっ!?」
「え、あ、いや、その」
「あ、あのー、どちらさんでー」
「お目汚しを失礼致しました、陛下。あたしはこの人の幼馴染です」
 はきはきと受け答えをすると、すっかり逃げ腰になっている兵士にもう一度ちらりと見る。

「ついこの前、偶然この人がこの方に告白しているのを目撃してしまったんです」
 兵士とさんを順番に指差す。家政婦はもう一人いたのか。

「でもあたしは、城の噂は結構耳に入れている方だったので。もちろんこの方と閣下が恋人同士ということも存じ上げておりました。はっきり思いましたね、玉砕だと!」
「は、はあ」
「それでもこの人は煮え切らないようだし、この方もちょっと元気を失くされたみたいで。それで、閣下にこっそり相談したんです」

「へ!? ……知ってたの、コンラッド?」
「まあね」
 あっさり肯定したコンラッドに、さんはかなり複雑そうな顔をした。それはおれだって同じだ。あの秘密めいた会談が、まさかそんな内容だったなんて。
 ――あれ?
 仮にすべて真実だったとして、この子のあの涙のわけは一体?

「しっしょうがないだろ、そんなの!」
 兵士が突然声を荒げた。一同は驚いて黙って彼の方に注目する。

「何言ってるのよ! これ以上あなたが足掻いたって、ムリなものはムリなの!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「すっぱり諦めきりなさいよ!」
「出来ないからこんなことになってるのに!?」

「……ねー、コンラッド」
 兵士とメイドの口喧嘩が過熱していく中、不意にさんがポツリと漏らした。

「なんだ?」
「今ねぇ、すごく逃避的な打開策を思いついちゃった。無責任なことだから言えないけれど」
「そうか。俺も似たようなものだと思う」
 コンラッドは珍しく溜め息をついて、引き続き口論を見守った。その眼差しは非難というより、同情に近いように感じられて、おれには少し変に思えた。危機感とか、嫉妬はないの?

「……どうも意地張っているように見えるなあ」


「「 意地なんて張ってませんっ! 」」
 彼の一言は運悪く二人の耳に留まってしまい、力強いハモりで否定されてしまった。
 だがそのとき、おれは突然気づいてしまったのだ。

 コンラッドはきっとあの日、女の子の密かな想いに感づいていたのだと。



       *       *       *



「あーもう、一時はどうなるかと思ったよ」
 騒ぎが落ち着いて城へ戻る途中、おれはそう茶化してやった。もうほとんど必要なかったのだが、結局タオルは使った。それがないとどうしても終わった気になれなかったのだ。

「私もです。もちろん、好いてくれるのは嬉しいですけど」
 まだ動揺と照れの混じった様子でさんが応じる。まだコンラッドが「嬉しい」辺りで僅かに口端を下げたのには気づいていない。一番肝心なところで鈍感だ。

 ちなみに、今回の事件が一件落着したかどうかは、定かではなかった。あの幼馴染達は勝負を途中で切り上げ、それぞれの仕事に戻らなくてはいけなかったからだ。けれどお互いの主張は一通り出し合ったみたいだし、喧嘩するほど仲が良いという格言もある。おれもこっそり、今傍にいる二人の案に賛成だった。

 当分はこの話題で持ちきりになりそうだった。さんが首を傾げる。
「それにしてもコンラッド、気づいてたなら、どうして今まで黙っていたの?」
「口止めされていたから。で、あんまり念を押されるから、あの女性が兵士のことを好きなんじゃないかって思ったんだ。それを指摘したら涙目になって逃げられたけど」
「ああ、なるほどな。あれはそういう意味か」
「え……? 陛下も知っていらしたんですかぁ?」
「いや、おれは見かけただけ。一瞬、コンラッドが浮気でもしたのかと思っちゃったよ」
「やだなあそんな、もったいないこと」
 彼女が青くなったり赤くなったりしたのは、多分気づかれているはずだ。

「ところで、
 コンラッドが少し口調を変えて問い掛ける。その瞳が妖しく光った錯覚がして、おれはあっと思った。

「なに?」
「さっき、彼を振るときに俺のことを出したって聞こえたんだけど」
「……うん?」
「具体的に、どんな風に言ったんだ?」
「えっ……その、えーと」

「じゃーおれ先に戻ってるわー」
「えぇ!? そんな、一緒に行きます……」
「どんな風に言ったんだ?」
 絶対零度のスマイルにたじろぐさんを尻目に、おれは出来るだけ優雅に歩を進めた。王になるにはこんなことも必要、と都合良く考えながら。


 今日も眞魔国はいい天気だった。城の門をくぐる直前の風は心地よかった。
 そんな中、あんたらも平和に一生やっててくれよと、無責任に考えた。










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  ★あとがき★
  原作では、魔笛探索から帰って次の旅に行くまでに、四ヶ月のブランクがあります。
  そんだけあれば、何もロマンスがない訳無いだろうと考え、今回これを書いてみました。
  でも……これはロマンスの内なんだろうか……。そう、進展無さ過ぎ!
  ずっとこの調子だとさすがにコンラッドが可哀想かもしれないと思う、今日この頃です。

  最近思うのですが、コンラッドが鬼畜っぽくなってきたように思います(どこか他人事)
  正確には心置きなくヒロインに迫るようになったのか。
  大変ですヒロイン。でも進展無いのよね……。やっぱ不憫だ……。

  ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
  ゆたか   2005/09/05

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