【終わらない冒険】





 眞魔国での「お兄ちゃん」ことゆーちゃんの部屋は、本当に豪華だ。個人の部屋だなんて嘘みたいだ。ま、王様なんだから、当たり前だけどね。たとえマのつく王様でも。

「ふー、さっぱりした!」
 お風呂に入って、すっかりあたしは気分爽快になっていた。お湯が、温泉みたいな成分になっているのかはわからないけれど、いつもよりキになった気分だ。

 入浴した時間が早かったのか、それとも執務が長引いているのか、部屋の主であるゆーちゃんの姿はなかった。けれど、あたし一人というわけではなかった。
「なんだ、風呂に入っていたのか」

「あれっヴォルフラム……」
 声を掛けられてびっくりした。待ち構えていたヴォルフは、なんとネグリジェ姿だったのだ。女の人が着る物だと認識しているだけに、その衝撃は強い。ちなみにこっちはパジャマ着用。
「なっななんでそんな格好……」
「これが、どうかしたか?」

「ヴォルフって男の子でしょ!?」
「当たり前だ」

 こんなにこっちが慌てているのに、本人は事態を説明しようともしない。ひょっとして、ここでは普通のことなの? 聞かされてはいたけど、この世界の事情はマジで驚くことばっかりだ。
 この人自体も、「あの」ゆーちゃんと婚約していたとかいう話だしなぁ。

「もう、今夜もこっちで寝るつもり?」
は浮気者の妹だからな。兄とよからぬことにならないか、いつでも見張っておかないと」
「あんたに言われたくないわ!? ……ていうか、何想像してるの」
 確かにゆーちゃんとこのお風呂は使ったけれど、寝る場所は別にあるし、そこまでブラコンじゃーない。立場からして、むしろ元婚約者である向こうの方が見張られるべきなのに。あたしは急にげんなりして、ヴォルフラムの横たわるゆーちゃんのベッドに私も腰掛けた。とてもふかふかだ。

「まーいいんだけどさー別に」
「……? 香水をつけてるのか?」
 不意にヴォルフラムが素っ頓狂な声を出した。

「え、ううん? 石鹸かシャンプーの匂いじゃない?」
「しゃんぷー……」
 語尾の「プー」に親近感がわいたのか、ヴォルフは起き上がってこちらに這ってきた。あたしの肩に片手を置いて、髪に鼻をつける。

 って、ちょっと接近しすぎじゃない?
「ふん、これが……」
「もう! 離れ――ひゃっ」
 焦って、肩の掌を振り払おうと体を捻じ曲げた。それがいけなかったのか、あたしとヴォルフラムは倒れこんでしまった。

「ホントに離れて!/////」

 ベッドの上での出来事だから、幸いにも痛みはなかった。ただ状況は悪化。なんでのしかかられるかな!

 もちろんあたしは両手両足をじたばたさせて、必死でもがいた。それでもヴォルフはびくともしない。腐っても軍人ってやつだ。引き締まった筋肉がで押しつけられている。
「ちょっと、こんなときにゆーちゃんたちが戻ってきたらどうするの! お願いだから、はやく」
……」
 呼ばれてどきりとした。心なしか、別人みたいに落ち着いた声音だったからだ。何かがいつもと違う。これは本気でヤバいんでは。

は……ぼくの恋人だろう?」
「ぇ……そ、そーだけど」
「こういうのは嫌か?」
 こういうのって、どういうの。質問してみたいけれど、答えを聞いちゃいけない気がする。

 視線が真正面からかち合う。ヴォルフラムの瞳は、目の覚めるようなエメラルドグリーンだ。吸い込まれるように綺麗。その視線は怒っても笑ってもましてや貶してもいない、ただ静かなものだった。

「ヴォルフラム。どうしちゃったの……?」
「何を言っている。いつもどおりだ」
 言ってる傍から熱烈なキスをされた。海外ドラマで見るような濃いやつ。どこがいつもどおりなの!? ツッコみたかったけれど、口が塞がれているから抗議のしようがない。

「ん!」

 やっと開放されたと思えば、すぐに首筋に生温かい感触を感じた。思わずびくりと身体を反らした。たちまちあたしの顔に熱が集中する。
 こんなの、ヴォルフラムじゃない!


「……やだっ! ヴォルフラム、やめて!」
「どうしてだ?」

「どうして、もっ!」
 体が離れた一瞬を見計らって、勢いをつけて突き飛ばした。反撃されると思ってなかったのか、ヴォルフラムは、虚をつかれたような表情になる。その隙にあたしはとにかく捲くし立てた。

「たっ確かにヴォルフのことは好きだけど! それとこれとは別なの! ムードが大事っていうか、つまりっ、その場のノリで……やるのはいや。第一ここ、ゆーちゃんの部屋だし。だから、ダメ!」

 ヴォルフラムはずっと無言だった。あたしは座って俯いてしまったから、どんな顔をしているのかは判らない。でも、黙っていた。

「……そうか」
 しばらくしてから、ヴォルフはそう言った。相変わらず落ち着いていたけれど、さっきまでのあやしい雰囲気はなくなっていた。

 代わりにいつもの不遜な態度。
「でも、お前が悪いんだからな!」
「は? え、なに、あたしが?」

「そうだ! あれだ、が…―――だから、だ」
「えっ聞こえないんだけど」

「だから……!」
「ただいまー」
 ヴォルフラムが何かを言いかけたそのとき、タイミング良くドアが開け放たれた。ゆーちゃんとコンラッドさんが帰ってきたのだ。

 ゆーちゃんは拳で肩をほぐしながら、溜め息を吐くようにわめいた。
「あー疲れたー」
「うるさいぞ、へなちょこ!」
「へなちょこ言うな」

 あたしの隣に座ったゆーちゃんは、ふと何かの匂いを嗅ぐ仕草をした。向きからして、微妙にあたしの方だ。
 ――え、まさかゆーちゃんも!?
 でも、嫌な予感がしたあたしに投げかけられた言葉は、予想と違うものだった。

「あれ……? おまえ、おれんとこの風呂を使ったんだよな?」
「うん。それが何?」

「おかしいな、あの洗髪水はもう無いはずなのに」
 せんぱつすい……シャンプーのことかな。ゆーちゃんの言葉を受けて、コンラッドさんが不思議そうな顔をする。

「美香蘭のことですか?」
「ああ。ツェリ様、戻ってたっけ?」
「いえ、そんなことは聞いていません」

「……さっきから、何の話をしている?」
 大胆にもネグリジェ姿のままあぐらを掻いているヴォルフが、苛立ち気味に話へ割り込んだ。ちなみにさっきからあたしとは背を向けている。

「美香蘭の洗髪水だよ。ほら、その香りを放つ者に少しでも好意をもってたら情熱的で大胆になるっていう……」
「なにぃ!?」
「うわっ! ……ってなんでお前が驚くんだよ?」
 話を聞いて、あたしは足をぶらぶらさせながら、噂の洗髪水とやらのことを考えた。お風呂に入っていたときのことをよく思い出してみる。
 ふと、思い当たることに気づいた。

「あっそれなら隅っこの方に置いてあったよ」

「え、あんな広い浴場の隅に……?」
「うん」
 そこは本当に遠いコーナーだった。よく注意して見なければ、気づかないような場所。あたしは物珍しさにきょろきょろしていて発見したんだけど。

「では……まさか、母上は、ユーリがいざというときに使えるようにと、わざと残していったのでは?」
「なんだよその、いざというときって」
「……いざというとき、としか言いようがありませんね」

 ゆーちゃんとコンラッドさんが話している横で、ヴォルフラムがわなわなと震えだしていた。考えていることはなんとなく想像できる。

 怒っているんだ、あたしに。

「……!」
 ほらきた。

「なんでしょう」
「ちょっとこっち来い!」
 あたしは部屋の外へ引きずり出された。ゆーちゃんが「どうした?」て声を掛けてきたけど、それに答えるだけの時間さえくれない。……ていうか、この話の流れで本当に全然事態をわかってなかったら、馬鹿なんじゃないかと思う(酷)

 廊下に来たあたしは、早速こっぴどく叱られた。理不尽だ。
「よくもやってくれたな!」
「……なにがよ」

「とぼけるな白々しい! ぼくの気持ちを利用してたぶらかそうとしただろう!」
「そんなことしてないわよ! だいいち、今知ったもん、そんなシャンプーがあるなんて」
「お前はユーリの妹だろうが! 何も知らされなかったわけがあるか」
「何言ってんのよ、あたしはゆーちゃんが魔王だってことすら最近知ったのよ?」

「だからってそれは……、そうか」
 言いかけて、ヴォルフは変なタイミングで納得した。思わずあたしは肩をこけさせる。でも、ヴォルフはすぐに思い直したように首を振った。

「とっとにかくだ……しばらくぼくから離れてろ」
「え? ちょっとー、その言い方は傷つくんですけど」
「ぼくだってさっき傷ついたぞ!」
「はぁ? 何よそれ」
 明かりはついているものの、太陽の援助のない廊下は薄暗かった。そっぽを向いたヴォルフの表情はわかりにくい。
 急にトーンを抑えた声音だけが響いた。

「だからその……拒絶しただろう」
「きょぜつ?」

「さっきだ」
 突然、ドアップのヴォルフラムの顔が脳裏に浮かんだ。
 吸い込まれそうな瞳、真剣な眼差し、かかる息遣い。それらが一気に駆けめぐって、あたしは安全圏と思われる距離まで急いで離れた。距離にして約三メートル。
「……、本当に傷つくぞ?」
「だだだって……」

 たじろぐあたしをヴォルフはどういう思いで眺めていたんだろうか。
「……ふん、今日のところは許してやる。だが……」
 ヴォルフラムはそこでにやりと笑った。お母さんのツェリ様に似てる、相手の思考を止めさせる類のものだ。

「……次は無いと思え」
「・・・・・・」

 風が物悲しく吹いたような気がした。
 ヴォルフラムは意気揚々とゆーちゃんの部屋に戻って行った。マジでゆーちゃんと一緒に寝るつもりなんだろうか。「次やったら襲ってやる」宣言しといて自分は?

 はあ。わがままぷーが好きな人って、冒険しっぱなしでつらいわ。










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  ★あとがき★
  終わらない(=完成していない)冒険(=アバンチュール)ということで。
  今までで三男の気丈さが一番出たドリームではないでしょうか…

  オチ辺りを書いたとき、以前に書いた夢で長男の行動に似てると思いました。
  魔族意外と似てる三兄弟、ここにもあり(爆)
  …いや。ただ単に、私の頭ん中がパターン化してるだけでしょうが。

  この夢はお持ち帰り可です。下の名前だけ消さないでください。
  あと、ドリームメーカー2使用なので気をつけてください。
  ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
  ゆたか   2006/03/13

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