【溶けないうちに】
「」
呼び起こす声が聞こえた。緩慢に目を開けてみる。
でも、最初は夢の中だと思った。
だってあんまり会えない恋人がそこにいたから。
「コンラート……? どうしてここに、いるの?」
「まだ起きてないと思って」
理解のできない答えを返して、彼は私をベッドから優しく抱き起こしてくれた。彼の感触と匂い。温度。朝一番に幸せな気分になって、嬉しくてついクスクスと笑ってしまった。そのまま抱きつく。
「いきなりあなたが部屋にいるから、びっくりしちゃった」
「合鍵を持ってるからね。君がくれただろう?」
「そうだけど……」
「それより、窓を見て」
耳元で囁いて、彼はベッドの傍にある窓のカーテンを開けた。眩しい光が差し込む。
私は一瞬目を瞑ったけれど、いつもとは違う景色にすぐに気づけた。
「あっ……雪……!」
まだまだ冬のこの時期だけど、もう雪は降らないと思っていた。でも、目の前で舞っているのは確かに雪。雨ではない。
コンラートが私を引き寄せたまま、楽しそうに教えてくれた。
「君は雪が好きだって、前に言ったね。これは粉雪だから、すぐに溶けてしまうだろう? 寝ぼすけな君が起きたときに雪が止んでいたら可哀相だと思って、つい飛んできたんだ」
「……ありがと。でも、仕事は大丈夫なの?」
「ああ。陛下は行ってきてもいいと言ってくださった」
「サボってきちゃったの!?」
「有意義なサボりだよ」
彼は腕の力を強くしながら、私の髪にキスを落としてくれる。上着も羽織ってないのに温かくて、とても心地がいい。雪の空と相まって幻想的な気さえした。
ずっとこのままでいたい。それなのに、時間は無情なのね。
「――…もう、行かなきゃ」
短く思える時が経ったあと。溜め息を吐いて、コンラートが低く呟いた。僅かに腕を弱める。
「……今日はまた、会えるの?」
「はっきりとは判らない、でも多分無理だ。残念だけど」
「……そう……」
とうとう彼は腕を放した。急に身体が冷える。寒い。切ないほどに寒かった。
軽く口づけを交わして、彼は去ろうとする。私は玄関まで見送ろうとする。
寝室を出ようとしたそのとき、視界の端に何かが映った。
唐突に思い出す。
「あ、コンラート、待って!」
「え?」
慌てて机に置いてあった包みを手にとった。昨晩遅くまで頑張って作った、心を込めたもの。綺麗な紙で包装したそれを、彼に差し出した。
「あげる」
「……これは?」
「あんまり甘くない焼き菓子よ。今日お城に持って行こうと思ってたの。会えなくても、誰かに預けるつもりで」
珍しくも目を見張って驚いていた彼は、ゆっくり包みを受け取ってくれた。そしてなぜか考える素振りをする。ポツリと私に質問をした。
「君に、バレンタインを教えたっけ?」
「ばれんたいん?」
初めて聞く言葉。当然知っているわけがなかった。反復して訊く。
「異世界では、確かこの時期にその日があるんだ。バレンタインデー。親しい人に、何か贈り物をする習わしなんだよ」
「ふーん……」
こっそり変な習わしだと考えた。好きな人へ贈るんだから、わざわざそんな日を決めなくても、いつだっていいのに。異世界の人は内気なのかしら。
でも、あるならあるで楽しいかもしれないし、私のお菓子でコンラートがそれを連想したのなら本望な気もした。私は体の後ろで指を組む。コンラートをまっすぐ見て、心から笑った。
「じゃコンラート。バレンタイン、おめでとう!」
コンラートも微笑む。そして包みをまた机に置いて、私を抱きしめた。そのままじっとする。
「もう、コンラートってば、行かなきゃいけないんでしょ?」
「……君が、引き止めたんだよ」
「引き止めて、ないわ」
「いいや、もう当分離れられない」
首筋をたどる唇の感覚に、私も離れられるわけがない。強く、強く抱きしめあった。名前もたくさん呼び合って。
「大好き、コンラート」
「俺も愛しているよ、」
コンラート。バレンタインデーって、とても素敵な日なのね。
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★あとがき★
眞魔国的バレンタイン(笑)。いかがだったでしょうか。
私の書くヒロインは一人暮らしがなぜか多い。恋人入り放題だよ……。
ちなみに私は関西に住んでて、この時期はほとんど雪を見ません。
この夢はフリーですが、著作権は放棄していません。
サイトに載せるときはどうぞ作者の名前を消しませぬように。
ちなみにソースをペーストしただけでもデザインは変わりません。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
ゆたか 2006/02/14