執務室にて。
「……ホークアイ中尉」
「あら、どうしたのエドワード君?」
「あそこで大佐は何やってんだ?」
「見ての通りお酒を飲んでいるのよ。いつになく早く仕事を終わらせて」
いんですか、仮にも任務中に。
【酒と焔と鋼と】
「いいわけはないわ。でもね、ちょっと目を離した隙に呑み始めちゃって……」
ほとほと呆れたようにリザは語る。戸惑っている様子からして、こんな事は初めてらしい。
「何かあったのかしら?」
「いつもみたいに、銃でバーンって脅しちゃえば?」
ごく自然にエドは提案したが、意外にもリザは首を横に振った。
「あそこまで酔われると脅しが本当の射殺になると思うのよ」
「……確かに。いつよろめくかわからない、か」
眉間に皺を寄せつつも納得する。話題になっているロイは顔が真っ赤で、動作もどこかふらふらしていた。何を呑んだのだろうか。度のきつそうな、ワイン辺りだろうか。
それにしても大佐にしては度胸のある行動だな。ホークアイ中尉の恐さは普段から身に染みているハズなのに。
「大佐って、結構ぐでんぐでんに酔うんだねぇ。なんか、イメージと違うや」
それまでのほほんと傍観していたアルフォンスがぽつりと感想を漏らした。今日は珍しくエドと一緒に来たのだ。リザも同調して、ぼそっと付け足す。
「これだから無能なのよ」
「んむ!? そこ、何を話している? 私はまったく少しもちっとも無能などではないぞー!」
話が聞こえたロイは途端に怒った。目を険にして、びしっと指差し叫ぶ。
そして、なぜか一瞬執務室中が静まり返った。その意味が良くわからないエドはきょとんとする。
「? おい……」
ポツリとアルが呟いた。
「…………うわー、兄さんそっくり」
「どこがだよ!?」
「チビって言われたときとか」
「誰がスーパーウルトラ豆粒どチビだー!」
「ね?」
「…そうね」
「ホークアイ中尉も! 同意すんなよ!」
「おっほっほ、鋼のが怒っているぞ。怒り過ぎると縮むぞー」
グラスを片手にロイが笑う。どうやら人格は壊れ気味のようだ。少し雅な笑い声を上げる。今ならきっと、自らの呼称は「マロ」だ。
「……大佐……ぶん殴ってやる」
「まーまーっ、兄さん!」
俯き低音で唸り始めたエドをアルが勢いを付けて宥める。両手で抑えるジェスチャーだ。
それを聞いていたリザは、少し考えるような仕草をしてから、こう提案した。
「それなら、外でやってくれる?」
「は?」
「このまま酒を呑まれ続けると邪魔なだけなのよね。だから、外に出してくれないかしら? その後は殴るなり蹴るなりしてくれていいから」
「うわぁ、すごい言われようだな」
「本当か? 殴っても蹴ってもいいのか!?」
「自業自得よ」
「ぃよっしゃあー!」
思わぬところで日頃の鬱憤を晴らせると理解したエドは、俄然やる気を出して、ロイを外に出そうと張り切った。兄さんも兄さんだよなあ、とアルは呆れ顔だが、呼吸をするより自然にスルーする。
「ほらっ、バカ大佐! ここを出るぞ」
ロイの腕を引っ張り立ち上がらせようとする。想像したよりも苦労したが、ロイ自身の意識はあるので、何とかなった。
「ああおはよう鋼の。力持ちになったなぁ。父さん嬉しいぞ」
この暴言にもスルー。心の中で拳プラス2と呟いたが。
「アルはどうする?」
「ボクはいいよ。ここで仕事を手伝ってる」
「あらありがとうアルフォンス君。助かるわ」
書類を抱えたリザは嬉しそうに微笑む。本当に助かるようだ。それだけロイが頼りにされていないということでもあるのだが……。申し開きはできないだろう。
「あー楽ちんだー鋼の」
「重いッ! ただでさえ体重あるのに乗っかるな!」
それでも律儀に耐えようとする唸りが辺りに響きわたる。
こうしてエドワード・エルリックは、ロイ・マスタングを引き摺りつつ、一歩一歩ゆっくりとその場を後にしたのだった。
* * *
エドは行き先を迷った挙句、保健室に行くことにした。
「よく考えれば、外に連れて来たって、はいそれじゃーって殴れねぇじゃん。場所がないし、殴りがいないし。……うまく中尉にはめられたな」
なるほど、普通に頼むよりもああ言った方がすんなりと事が進むのを予測されてしまったわけだ。ちっと舌打ちしてロイをベッドの上に放り込む。ロイは小さく「ぐふり」とかうめいたが気にはしない。これくらいしたって怒られはしないだろう。
「医師は外出中か?」
今、保健室にいるのはエドとロイの二人だけだった。
エドは腕組みをしてロイを眺め下ろす。
彼の短い黒髪は乱れていて、顔の横に掛かっている。夢見でも悪いのか僅かに眉根を顰めていたが、その様でさえ女性達が見ればうっとりと吐息を漏らすことだろう。ロイの顔が良い事は誰もが認めているのだから。
「……もっと髪をぐしゃぐしゃにしてやる……」
そこまで考えたエドは、なぜか苛立ってロイの頭に手を伸ばした。わしゃわしゃと掻き回して、黒髪の現状を本当にひどくした。あとで直すのは少し面倒そうである。
と。
「鋼の…」
「どわっ!?」
手首を掴まれ、そのままエドはベッドに倒れこんだ。
いや、正確にはベッドの上ではない。そこに横たわっているロイの上だった。
「……来てたのか」
耳元で、静かな声音で呟かれたエドは、一瞬頭の中が白くなった。
「…随分前からね。って、じゃなくて、違うッ! いきなり何すんだよ!」
「それはこっちのセリフだろう」
まだ酔いが回っているのか、ロイは気が抜けた笑みを見せた。
子供のような、安心したような笑顔。とても珍しいそれに、エドはしばし呆然とした。どこか食い入るようにロイの顔を眺めていた。
「さっきまで人の頭を掻き回していたくせに」
「……あ、あれはいいんだよっ」
エドはぶっきらぼうに開き直った。あさっての方向を見る彼を、ロイはただ黙って見つめている。
「それより手を離せ。ったく、何の冗談だか知らないけどな、こんな事しても」
「冗談じゃないぞ」
「は?」
問い詰めようとするより、新たな力を加えられる方が早かった。ロイが、自分の上に覆い被さっているエドの体を強く抱きしめたのだ。
「――大佐!?」
「会いたかった……」
じたばたもがこうとする耳元で囁かれた声はなぜか甘く、脱出し辛かった。こんなはずはないと、エドは真っ赤になりながらも叫ぶ。
「いい加減にしないと、人を呼ぶぞ!」
「呼べばいいさ」
伏目がちの官能的な表情でロイは微笑む。いつの間にか形勢は逆転して、エドの方が下に組み敷かれていたのだ。既に動くことも叶わない。
「鋼の……」
「や、やめ、」
このままいったら自分はどうなるんだ?
背筋を凍らせて、力一杯目を瞑ったそのときだった。
「やっぱビールのおつまみはピーナッツかなぁ」
「………………はあ?」
へらりとした顔のままエドのすぐ横に顔をうずめるロイの言葉を理解するのに時間が掛かった。
こいつまさか、まだ全然余裕で夢うつつだったりする?
「とっとと目を醒ませ――――――――――っ!!」
「ぐはッ」
まず頬に一発。ロイの態勢が崩れて、エドは晴れて自由の身になった。
「それから誰が酒のつまみにしたいくらい豆粒ドチビだ――――――――っ!!!!」
「う…ごふッ」
腹に思いっきり一発。すごい苦しそうに体を曲げたまま気絶したロイを横目に、エドはずかずか歩いて保健室を後にした。
「ふん、とんだバカ野郎だぜ」
呟く捨てゼリフの割には、朱の差した頬を手で隠しながら。
* * *
それから、少年は何事もなかったかのような様子で執務室に戻ったとのことである。
「あ、兄さんが帰ってきた」
「なんだかスッキリした顔つきになっているわね」
「まあね」
一方、一人取り残された惨めな男の方はと言えば。
「やるな、鋼の。強い拳で父さん安心した……むにゃむにゃ」
しぶとく夕方まで延々と眠りつづけて、その後部下達にこっぴどく叱られたようである。
お説教されている間、どうしたわけか痛む顔と腹を不思議そうに撫でていたとかいないとか。
結局、大佐がなぜアルコールの摂取に走ったのかは、未だに謎のままである。
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★あとがき★
ハイすいませんくっだらないオチです(汗)
一旦あれを思いついてしまったらどうしても書きたくて…。
これ書くの楽しかったです。壊れ気味のロイ大佐って好き。今回は酒呑んでただけですが。
この短編は、2222番を取った悠那水姫様に捧げます♪ 水姫様のみお持ち帰り可です。
水姫様、HP開いたら是非教えてください〜! そのときはお邪魔しに行きますね!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
ゆたか 2005/03/26