壁に背を付けて溜め息一つ。
「……何をしている?」
「ひゃっ!?」
【ただそれだけ】
「まったく、お前はいつまで経ってもトロいな」
「そ、そんなことないわよ……」
呆れたような声音すらに、しどろもどろに答えてしまう。
「で?」
「…へ?」
「……何かしていたのか?」
あ。そういう話だった。
「何もしてないよ。ちょっと休んでただけ」
「――そうか」
呟くなり彼は踵を返し、それなら別に良いんだじゃあなって、行ってしまおうとする。
だから私、思わず引き止めてしまった。
「い、イザーク!」
「どうした?」
イザークはそんな私に、むしろ冷静に対応する。
それをぼんやりと意識しながら、私は慌てて取り繕った。
「あ、その、……今更だけど、隊長に昇格おめでとうっ!」
「…本当に今更だな」
「う、うん。でもあんまり話す機会がなかったでしょ? だから……おめでとう」
なんだか私は焦ってしまう。頬もほんのりしてる。
イザークがそれを見て何を想ったのかは判らないけれど、ちょっと笑って貰えたのは嬉しかった。
「ああ。お前も頑張れよ、リリー」
そして今度こそ彼は行ってしまった。心なしか白い残像を残して。
それを見ながら、私はまた溜め息を吐いた。
俯いて、自分の着ている緑色の軍服を確認してしまう。
…………遠いなぁ。
* * *
そして、私はその三十分後、思わぬ「お願い」をされることになる。
「え……? 私が?」
「頼むッ、リリー! このとーりだ!」
私の目の前で両手を合わせて拝むようにしているのは、私と同じ制服を着ている男の子だった。
その両手には、何やらディスクの入った大きめの箱が抱えられている。
「オレ、あの人どーしても苦手でさ。なんというか、近寄りがたいってゆーか……」
「で、でも――」
「リリーは平気なんだろ? 隊長のこと」
そりゃそうだけど!
「なっお願いな? じゃ、あとは頼んだ!」
「ちょ、ちょっとー!」
その子は箱を私に押し付けるとさっさと行ってしまった。…それをぼうっと見ている私ってどうよ。
しょうがなく歩き出す。ま、いっか。また会えると思えば。
「……」
胸の中にもやっとしたものがある。酸っぱそうな、苦そうな靄。
人知れず、また私は溜め息を吐いてしまった。
* * *
「…おーいイザークぅ〜…」
とりあえずイザークの私室に来てみた私は、ブザーを鳴らしてからそう呼びかけてみた。
本当は隊長室に居るのかもしれないって考えたけど、こっちの方が近いから、先に来てみたのだ。
《ピロピロ、ピロピロ……》
何度か応答を試みてみたけれど、返事はなかった。
「……やっぱ、ここじゃないのかな」
自然と苦笑しながらも、完全には諦められずに、コツンとドアを突ついてみた。ここから隊長室って結構時間掛かるよな〜なんて考えながら。
でもだった。
《プシューッ》
「あれ?」
ドアが開いた。
「……うそ」
どうして? 仮にも隊長の私室ってこんな不用心で良いの? ひょっとして誤作動? それとも誰か居るのかなってそれなら出てきてくれても良いじゃん(セルフツッコミ)!
私はどうすれば??
「こ、こんにちはー」
とりあえず声を掛けてみる。灯りのついていない部屋の中は薄暗くて静かなままだ。
…やっぱ誤作動の可能性が大?
途方に暮れて手元の荷物に目を遣る。せっかく開いてるんだから、ここに置いておいた方が良いのかもしれないけど、それじゃあの人はびっくりするかな?
「……メモ書きを置いとけばいっか」
少し迷った後にそう結論して、私は結局部屋の中に入ってみた。
「えーと、電気電気……」
外から入ってくる僅かな光を頼りに壁を探っていた、そのときだった。
《プシューッU》
「はい?」
今度は何もしてないのに、ドアがまた動いた。ただし、閉じる方向で。
「え? なんで…」
思わず焦って動こうとした、そのときだった。
ぎゅって。
「――――どうしてここにいる?」
「ひゃ!?」
掴まれた腕と不意に間近で聞こえた声に、私は驚いて変な叫び声を上げた。ついでに手にしていた箱も取り落とし、派手な音を出してしまう。そして中身が散らばる。
《ガシャガシャーン!》
「……」
「……」
「…………おまえなぁ」
「な、なによ! 居るならちゃんと返事してよね! イザーク!!」
動揺を抑えつつ抗議したけれど、彼はあんまり聞いていないみたいだった。溜め息をつかれた。
「……今まで横になっていたんだ。ちなみに灯りのスイッチはここだ」
そこは私の探していた所とは全然違っていた。何だかすごくへこんでしまう。
手慣れた様子で部屋を明るくすると、彼はさっさと惨状の後片付けを始めてしまう。私も慌てて手伝った。
「これは何のディスクだ」
「…知らない。他の人に頼まれた。渡すだけでいいからって」
「相変わらずお人好しだな」
何が可笑しいのか、楽しそうに口元を吊り上げるイザークを、私は知らずじっと眺めていた。
「……も…」
「ん? どうした?」
「イザークも、相変わらずだよ……」
「――リリー?」
彼は何故か不思議そうに顔を覗き込んでくる。変なの。わたし。どんな表情をしているの…?
私は彼の瞳をただ見つめている。透き通るような、ブルーの瞳だ。キレイな宝石。
一体いつまでこんな風に気軽に話せるのかな。
「リリー……」
頬を触られた。ひんやりした頬にイザークのぬくい体温が移る。
おかしいな、いつもならこんな事されたら恥ずかしくて怒るのに、なんか平気だ。
「…………ちょっとだけ、自分がもうちょっと優秀だったら良かったのに、って思う」
だって、もしそうだったら、もっと一緒に……。
「――なぜだ? 何かあったのか?」
「なんもないよ!」
そんなつもりはなかったのに、声を荒げてしまう。彼が息を呑むのがぼんやりわかった。
どうして…? 本当はわかっている。急にこんな頻繁に顔を合わせてしまったからだ。
ずっと抑えてたのに。頼みの綱だった時間が、癒してくれない。
「……ごめん」
「リリー?」
「仕事戻るね」
ディスクを片付け終わったのを理由に、精一杯笑いかけて立ち去ろうとする。ドアの前に立った。
それなのに。
しーん。
「え……っ? 開かないっ!?」
「故障か?」
いつも通り冷静なイザークの声がどこか遠くに聞こえた。ちょっとフリーズする。
「嘘でしょ!? なんでこんなっ」
「前からこの調子だ。時々おかしくなる。修理を頼んではいるが」
い、いいの!? 隊長の私室がこれで!
「じきに直ると思うぞ」
「うう……」
ぎゃぐだ。こんなのギャグだ……。
背後でイザークが呼びかける。ドアを見ていてもしょうがないので、渋々振り返る。
「さて、時間ができたところで聞きたいんだが……」
「……」
「お前、どうしたんだ?」
「…別に」
「嘘をつけ」
イザークは呆れたように呟き、何気なく一歩近づく。私は意味もなく一歩下がる。
なんか、空気が恐いような……。
「なにか言いたいことがあるんじゃないか?」
「ありません」
一歩。
「なぜ敬語なんだ?」
「なんとなくです」
一歩。
「なんとなく、やましいことでもあるのか?」
「ち、ちがう……」
一歩。と思ったらドア。
「お前……」
「……」
「――なぜ目を逸らす?」
アイスブルーの瞳がまっすぐこっちを向いている。きっと不思議そうに。わかっていても。
「……見れないから///」
「どうしてだ?」
「べっ別にっ、たいした理由じゃないけど、ただ」
「ただ、なんだ?」
なんとかはぐらかそうとしても、なかなか雰囲気的に無理がある。ヒキョウだ、普段は素っ気無いくせに。
逃げられないじゃんか。
「リリー?」
――――あ〜もうっ!/////
「……………………………………ただ、イザークを好きなの!//////////」
さあ、ホワット・イズ・ユーア・アクション?(←ヤケ気味)
「――は?」
「は、やないでしょー!」
あんまり過ぎなセリフに、思わず自分の性格無視でツッコんだ。今のはちょっと酷い。人が一生懸命告白したのに!
惨めで空しくて、パニックに陥りながらまくしたてた。
「だから言いたくなかったの! 恥ずかしいし、お互い困るし」
「お、おい――」
「だいたい私に取り柄がないってコトくらい、自分が一番よく知ってるのよ。ちゃーんとね! だからこんなこと言うつもりなんかなかったのに……あーもう」
「おいって!」
抱きしめられた。
というのは、やられて五秒ぐらい後に気づいた。
「…すまない」
「え……えぇっ? ちょ、あの、イザーク!?/////」
「……ほんっとうに、鈍感だな、お前は!」
「なにがっ??」
「気づけ!!」
がくっと急に力が抜けたみたいになったイザークは、身体を引き剥がすと、思いっきりそう叫んだ。
間近で見えたその顔は耳まで真っ赤で。
…………………………。
「――あ/////」
「…遅い…」
「本当に? イザーク……」
「ああ。……好きだ」
しばらくお互いに黙ってて、そのあと同時に笑ってしまった。
なあんだ、そうだったのかって。
心の霧がすっと晴れていく――――。
「――――リリー」
返事をする前にキスされた。少しどころかすごく恥ずかしかったけど。
「イザーク」
そのとき私は久しぶりに心から笑えた気がしたよ。
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★あとがき★
ふーん、結構ピュアな感じになったなー(どこか他人事)。
中盤くらいでこれはギャグで終わるんじゃないかと思っていたのですが、そうでもないですね。
キャラが一人歩きしたのか、管理人の性分なのか……。どっちだろ?
イザドリはずっと前から取りかかってたんですが、予想を外れ時間がかかってしまいました。
しかもイザークの性格が壊れているような…。
でもどう壊れてるか、自分で上手く説明できません。断言。理由、ムズイから。
イザークらしい告白の仕方だなーとは思うのですがー。どうでしょうかね?(←聞くな)
最後に、ここまで読んでくださってありがとうございます!
ゆたか 2004/12/21